vol.2 がんサバイバーよ、椅子から立ち上がろう!

皆さんは1日のうちどれくらいの時間を座って過ごしていますか。デスクワークの仕事やドライバーをされている方では毎日8時間以上座っているでしょうか。最近は、特に新型コロナウイルス感染拡大の影響で在宅ワークやオンライン授業などでおうち時間が長くなり、座っている時間はこれまで以上に延長しているかもしれません。

日本は世界各国の中でも長時間座りっぱなしの国

一般的に日本は、世界的にみても「座りっぱなし」の国と言えそうです。世界20ヵ国で平日の座位時間を調べた研究1)において、日本に暮らす人の座位時間は、20ヵ国平均より2時間長いという結果が出ました。下の図に示すとおり、ポルトガルでは座位時間の中央値が150分であったのに対し、日本の座位時間の中央値は420分、より長い集団では600分と20ヵ国中最長でした。さらに、この研究対象となった集団の年齢がポルトガルでは40歳を超えていた一方、日本は大半が40歳未満であったことを考えると、日本では若いうちから座りがちであることがうかがえます。

各国の座位行動グラフ
は調査対象となった集団のデータを順に並べて真ん中の人の座位時間、
は下(最短)から1/4の位置の人、
は下から3/4の位置の人の座位時間を表します。
厚生労働省_e-ヘルスネット_健康用語辞典_座位行動 https://www.mhlw.go.jp/content/000656521.pdf(2022年8月8日閲覧)より改変

座りっぱなしによるリスク

日本の大学病院またはがんセンター12施設で2004年~2014年に行われた「J-MICC STUDY」(日本多施設共同コホート研究)2)の中で、35~69歳の計64,456人の解析結果から、生活習慣と健康リスクとの関係について、日常生活における座位時間が5時間未満、5~7時間、7~9時間及び9時間以上の比較において、座位時間が長いほど死亡リスクが高まる可能性が示されました。

また、職場での座位時間と疲労感、肩こりや腰痛などの筋骨格系の症状および作業効率の関係について調べたオーストラリアの研究3)があります。この研究では、8時間の仕事時間中の座位と立位の時間が約半分ずつで、30分毎に5分程度の足踏みを行った人では、疲労、集中力や気力の低下のほか、イライラする、怒りっぽいといった感情をスコア化した値が、7時間以上座りっぱなしで3分程の足踏みしか行わなかった人より低く、逆に自分の仕事への満足度が高かったとの結果になっています。著者らは、1日の仕事時間を通して定期的に座位姿勢から立位姿勢に姿勢を変えることで疲労感や腰痛などの軽減につながり、仕事の生産性が維持されることを示唆するものと結論付けています。

がんサバイバーと座位時間

がんサバイバーの場合はどうでしょうか。
2007年~2014年のアメリカ国民健康栄養調査(NHANES)を基に、何らかのがんと診断された経験を有する40歳以上のがんサバイバー1,535人において日常座位時間および余暇の身体活動と死亡の関係を検討したところ4)、1日の平均座位時間が8時間を超える人は、4時間未満の人と比べてがんで亡くなるリスクが2.27倍、心臓病などがん以外の原因による死亡リスクは1.54倍という結果が示されました。
さらに、余暇時間の身体活動の影響を組み合わせた解析から、座位時間が長く、余暇身体活動が少ないことは、原因によらず死亡リスクの増加と関係があることが示されました。1日の座位時間が6時間未満で活動的な(週150分以上の身体活動を行っている)がんサバイバーと比べて、座位時間は同じく6時間未満であるが余暇身体活動がない、または少ない(週150分未満)サバイバーの死亡リスクは2.78倍、座位時間が8時間を超えており余暇身体活動もない、または少ないサバイバーでは5.38倍でした。下の図に表すように、6時間未満の座位時間で活動的なサバイバーの死亡リスクを1としたとき、座位時間が6時間以上で不活動なサバイバーでは、がんによる死亡リスクは4.71倍、がん以外の原因による死亡リスクは4.32倍であったとの結果も示されています。

身体活動性による座位時間と死亡リスクの関係(海外データ)
座位時間と死亡リスクのグラフ
Cao C, et al. JAMA Oncol. 2022; 8(3): 395-403.より作図

これらの結果から、がんサバイバーにとっても日常的に座っている時間を減らし、活動的に身体活動を行うことは死亡リスクを減らし、予後改善につながることが示唆されました。ところが残念なことに、調査対象となったがんサバイバーの60.3%は座位時間が1日6時間以上であり、さらに35.8%は6時間以上の座位に加えて余暇にも身体を動かす活動をしていませんでした。

がんサバイバーにとって、健康を維持し、身体機能やQOLを向上していくことはとても大切です。治療中、あるいは治療が終わって間もない方は、身体を動かすことに不安を感じたり、億劫おっくうに思うかもしれませんが、まずは「座りっぱなし」の時間を減らすことから始めませんか。vol.1「がんサバイバーよ、運動しよう!」のコラムで紹介したWHOのガイドラインでも、がんサバイバーが座位時間を短くし、代わりに散歩や軽い運動でもよいので身体を動かすことを推奨しています5)。日常生活の中で、例えばテレビなどを観るときに1回腰を下ろしたら座ったまま、ではなく、画面を観ながら座ってできる膝の曲げ伸ばし、太もも上げ、立ち上がってのスクワットやつま先立ちなどを取り入れてみましょう。これらの簡単体操は歯を磨きながら、台所で家事をしながらでもできますし、拭き掃除のときに肩から腕、背筋を伸ばす等々、色々な「ながら運動」を工夫できそうですね。そして体力が回復してきたら、主治医や理学療法士など専門家のアドバイスを受けて、体調と相談しながら、よりきつい運動プログラムにチャレンジしたり、レジャー・スポーツも楽しんでいきましょう。

ストレッチする女性

歯磨きしながら、ふくらはぎストレッチ

  • 両足を平行に肩幅の広さに広げる
  • ゆっくりとかかとを上げていく
  • つま先立ちで10数える間キープ
  • ゆっくりとかかとを下ろす
  • 歯磨きをする間、②~④を繰り返す

ふらついたり、バランスを崩して転倒すると危険です。洗面台など固定された物につかまって行ってください。かかとを上げる高さや時間は、自分のできる範囲で伸ばしていきましょう。

がん悪液質に対する運動療法

近年、がん悪液質の治療にも運動療法を取り入れようという動きが出ています。運動が、がん悪液質の特徴である骨格筋量の減少や筋肉を使わないことで起きる廃用性筋力低下を防ぎ、がん悪液質の進行を遅らせる可能性が期待される6)ためです。
欧州臨床栄養代謝学会(ESPEN)ガイドライン7)は、がん患者さんへの栄養療法と組み合わせた運動療法の実施を強く推奨しており、骨格筋量と筋力維持のために、個々の患者さんの状態に合わせてカスタマイズしたレジスタンス運動および有酸素運動を提言しています。適切な運動は、がん悪液質の重要な病態生理学的要因である筋肉のタンパク質の分解を減らし、合成を高めると共に、炎症性サイトカインの産生を抑えると考えられる7, 8)ことから、運動療法をがん悪液質に対する集学的治療(薬物療法と栄養療法、運動療法および心理療法などの非薬物療法を組み合わせた治療)の一環として位置付けるよう勧めています。
そして、生命予後3ヵ月~2年と診断され、適切な疼痛管理が行われ、歩行可能ながん患者さん231名を、通常治療のみを行うコントロール群(110名)と通常治療と運動療法を並行して行う群(121名)に分け、肉体的/精神的疲労および身体機能(歩行距離、最大歩幅、握力および30秒間に立ち上がれる回数)を評価した無作為化比較臨床試験の結果、運動療法併用による疲労の改善は認められませんでしたが、運動療法完了時の歩行距離および握力が有意に向上した報告9)などから、緩和ケア対象の進行がん患者さんにおける運動の実行可能性に加え、病状が重くても多くの患者さんが進んで運動療法に参加される可能性を示しています。なお、この試験では、各患者さんの身体機能レベルに応じて調整したストレッチ・バランス運動・有酸素運動から成る1回50~60分のプログラムを、理学療法士の監督下に2~8名のグループで週2回8週間行いました。
ESPENガイドラインはまた、がん患者さんには不活動状態を減らし、座りっぱなしの生活スタイルを避けるよう、患者さんの個々の状態に応じた助言を行わなければならない、と述べています。従って、ある患者さんにとっては、不活動による筋萎縮のリスクを減らすための毎日の散歩(歩行)を動機づける身体活動の推奨が必要であり、また別の患者さんにとっては、訓練を受けた専門家により管理された運動プログラムが有益となるでしょう。7)

がん悪液質の治療としての運動療法や、がん悪液質と診断された後に行う運動は、行ってよいかどうかの判断を含め、必ず主治医をはじめリハビリテーション科の医師や理学療法士など、専門職の指導に従ってください。

「がん悪液質には早期の運動リハビリテーション」の項目をご参照ください。
文献
  • 1) Bauman A, et al. Am J Prev Med. 2011; 41(2): 228-235.
  • 2) Koyama T, et al. J Am Heart Assoc. 2021; 10(13): e018293.
  • 3) Thorp AA, et al. Occup Environ Med. 2014; 71(11): 765-771.
  • 4) Cao C, et al. JAMA Oncol. 2022; 8(3): 395-403.
  • 5) 世界保健機関「身体活動および座位行動に関するガイドライン」
    https://www.who.int/publications/i/item/9789240015128 2022年4月11日閲覧
  • 6) 谷口正哲. 日静脈経腸栄会誌 2015; 30(4): 937-940.
  • 7) Arends J, et al. Clin Nutr. 2017; 36(1): 11-48.
  • 8) Maddocks M, et al. Crit Rev Oncog. 2012; 17(3): 285-292.
  • 9) Oldervoll LM, et al. Oncologist. 2011; 16(11): 1649-1657.
監修:
  • 名古屋大学大学院医学系研究科 総合保健学専攻 予防・リハビリテーション科学分野 創生理学療法学講座
    助教 立松典篤先生