近年、がんの治療成績の向上により、多くの患者さんが社会復帰されています。また、治療を続けながら長期生存が可能な患者さんも増えています。このように「がんと共生しながら長く生きる」時代となってきた今、がんサバイバーの皆さんに「運動プログラム」を提供する動きが増えています。ここで最初に、がんサバイバーの定義について、コラムを読んでくださる皆さんと共有しておきたいと思います。
サバイバーの言葉が用いられた当初は、「がんからの生存者やがんを克服した人」の意味合いが強かったのですが、「診断時から命の終わりまで、がんとともに自分らしく生きること」という、米国で提唱されたがんサバイバーシップの概念1)に基づき、現在は「がんが治癒した人だけではなく、診断を受けたときから死を迎えるまでの、すべての段階にある人」が、がんサバイバーと定義されています2)。従って、これからシリーズでお届けする「がんと運動」に関する本コラムでは、進行がんを含むがんの治療中の患者さんも併せて“がんサバイバー”と表します。
vol.1 がんサバイバーよ、運動しよう!
がん専門の運動支援
大阪府立病院機構大阪国際がんセンターが2019年に民間企業と組み、がん患者さんに特化した「運動支援センター」を開設したことはニュースでも報じられました。さらに2021年からは「大阪国際がんセンター認定がん専門運動指導士」の育成を始めました。遡って、2014年に設立された一般社団法人キャンサーフィットネスは、がんサバイバーの女性がご自身の手術や治療後の副作用、後遺症などの辛い体験に基づき、少しでも多くの人々が、がんになっても一人で悩まず笑顔で社会復帰を目指せるよう、運動を通して後押しをしたいと立ち上げたがんサバイバー支援団体です。がんサバイバーとご家族を対象として、リハビリテーション医学、スポーツ医学などの専門家による教育講座や運動教室、アピアランス(外見)ケア講座なども開講されています。また、千葉県にある国立がん研究センター東病院のホームページでは、がん患者さんのためのホームエクササイズ動画集が公開されています。各地のがんセンターや自治体においても、がんサバイバー用の運動プログラムが少しずつ用意され始めていますので、インターネットで検索したり、治療を受けられた病院やお住まいの自治体に問い合わせてみてください。
このように、近年ではがんサバイバーに運動を推奨する動きが増えてきています。その理由は、適度な運動により身体機能の維持・向上や疲労感の改善、気分転換などがはかられるだけでなく、運動によるたんぱく質の合成促進や抗炎症効果もあるとされるためです。これらの作用にはがん悪液質の進行を遅らせ、極端な筋肉量減少を抑える可能性も期待されており3)、がん治療中の人にとっても運動は重要な要素となります。
がん悪液質と運動療法
がんやCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、慢性心不全、慢性腎不全、慢性関節リウマチなど、何らかの慢性疾患がある人の身体の中では、免疫細胞が常に臨戦態勢にあり、全身で免疫反応=炎症反応が起こっています。いわば身体中で「ボヤ」が生じているようなもので、その燃料や壊れた組織の修復材料として体内の栄養分が消耗され、骨格筋組織の分解の亢進や、たんぱく質・脂質の代謝異常により極端な筋肉量の減少を生じてしまいます。これが「悪液質(カヘキシア)」で、脂肪量の減少の有無にかかわらず、骨格筋量の減少を特徴とした体重減少を生じる栄養不良状態を指します。悪液質は飢餓とは異なり、通常の栄養補給では回復が難しく、QOLやがん治療の効果、生存期間に大きく影響するやっかいな状態です。4, 5)
従って悪液質の兆候を早期に検知し、状態の進行を防ぐことが極めて重要となり、医師や栄養士による個別カウンセリングに基づく適切な栄養サポートと患者さんそれぞれに適した運動療法の組合せが海外ガイドラインで推奨されています6, 7)。筋肉に持続的に負荷をかけるレジスタンス運動( 「◆ 運動の具体例」を参照 )は、がんの治療中だけでなく、治療後の体力回復においても、骨格筋のたんぱく質の取り込み・利用による筋肉量の維持・回復のためには必要不可欠な刺激であるとの認識が広がっています7)。生命予後2年以下のがん患者さんにおいても、治療と並行してエアロビック体操やストレッチなどの運動を行った患者さんでは、治療のみを行った患者さんと比べて歩行距離や握力といった身体機能が改善したとの海外臨床比較試験の報告があります8)。
WHOガイドラインでも推奨される日常的運動
世界保健機関(WHO)は2020年に「身体活動および座位行為に関するガイドライン」を改訂、慢性疾患を有する方への推奨事項を初めて定めました9)。それによると、がんサバイバーを含め、慢性疾患を有する成人および高齢者にとって健康上、有益な効果をもたらす運動または身体活動として、ややきつめ以上の有酸素運動やレジスタンス運動が推奨されています。
がんサバイバーを含め慢性疾患を有する成人および高齢者に推奨される日常的身体活動
- 週に少なくとも150〜300分のややきつい有酸素運動/身体活動、または
- 週に少なくとも75〜150分の激しくきつい有酸素運動/身体活動、または
- 1週間を通してややきつめと激しくきつい有酸素運動/身体活動を組み合わせて行う
世界保健機関「身体活動および座位行動に関するガイドライン」より作表
● 重要な注意
運動を始める前に必ず主治医に相談し、運動の種類、量、頻度などについて指導を受けてください。
開始後も定期的に身体状況を伝え、医師の指示に従いましょう。
◆ 運動の具体例
- <有酸素運動>
- ウォーキング、自転車、太極拳、軽いジョギング、階段昇降、ダンス、エアロビクス、ランニング、水泳 など
- <レジスタンス運動>
- 腹筋、腕立て伏せ、スクワット、ダンベル運動 など
- <バランス運動>
- 片足立ち、つま先立ち、ステップ練習 など
主治医とよく相談し、理学療法士や作業療法士などのリハビリテーション専門職の知恵を借りながら、頑張りすぎない適度な運動や、楽しみながらできる身体活動を生活の中に取り入れていきましょう。がんの診断から治療の過程で運動から遠ざかってしまいがちですが、「がんサバイバーだからこそ運動!」です。やってみたいな、と思ったそのときが始め時、さっそく挑戦してみましょう!!
- 文献:
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- 1) National Coalition for Cancer Survivorship — Our History https://canceradvocacy.org/about/our-history/ 2024年10月9日閲覧
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2)
国立がん研究センターがん対策情報センター 編著.
がん専門相談員のための学習の手引き~実践に役立つエッセンス~ 第3版 2020年2月発行. p.66-67 - 3) 谷口正哲. 日静脈経腸栄会誌 2015 ; 30(4): 937-940.
- 4) Muscaritoli M, et al. Clin Nutr. 2010; 29(2): 154-159.
- 5) Fearon K, et al. Lancet Oncol. 2011; 12(5): 489-495.
- 6) Arends J, et al. Clin Nutr. 2017; 36(1): 11-48.
- 7) Arends J, et al. Clin Nutr. 2017; 36(5): 1187-1196.
- 8) Oldervoll LM, et al. Oncologist. 2011; 16(11): 1649-1657.
- 9) 世界保健機関「身体活動および座位行動に関するガイドライン」https://www.who.int/publications/i/item/9789240015128 2024年10月9日閲覧
- 監修:
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名古屋大学大学院医学系研究科 総合保健学専攻 予防・リハビリテーション科学分野 創生理学療法学講座
助教 立松典篤先生
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名古屋大学大学院医学系研究科 総合保健学専攻 予防・リハビリテーション科学分野 創生理学療法学講座
(2024年10月作成)