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vol.6 がん悪液質に対する日本発の運動・栄養療法プログラム「NEXTAC」
がん悪液質の有効な治療法を求めて
がん悪液質は、「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的減少(脂肪量減少の有無を問わず)を特徴とする多因子性の症候群」と定義され1)、がんの種類によって発症リスクは異なるものの、進行がんの患者さんの50~80%で発症するとされる疾患です2)。(がん悪液質の定義とがんの種類による発症リスクの違いの詳しい説明は、
がん悪液質.jp「がん悪液質は食欲低下と体重減少を引き起こす合併症」
をご参照ください)
著しい体重の減少を特徴とし、倦怠感や食欲不振の増悪、身体機能の低下がQOLを損なうだけでなく、がんの治療効果への悪影響、抗がん剤治療などにおける副作用の増強といった負の影響を及ぼすことで、がん治療の中断を余儀なくされる可能性もあります。そのため、がん悪液質の進行を抑えるための有効な治療法の模索を世界中の医師や研究者が続けています。
がん悪液質では全身性の炎症と代謝異常が起きており、冒頭に述べた定義にも示されるとおり、多因子性の症候群であることから、治療のためのアプローチも多角的に考える必要があります。そのため、複数の薬物療法と非薬物療法からなる「集学的治療」を、がん悪液質が進行して治療およびケアが困難になる(不応性悪液質
がん悪液質.jp「がん悪液質にもステージがあります」
)前のできるだけ早期の段階から開始することが重要3)となります。これらの重要性は、2011年のEPCRC:欧州緩和ケア研究コラボレイティブ(上質な緩和ケアの提供を目的とし、欧州連合の研究・技術枠組み計画に関連して設立された国際協力プロジェクト4))における合意に始まり、がん悪液質の治療に携わる世界中の医療関係者に異論はないところと言えるでしょう。
骨格筋タンパク質の合成と分解のバランスが分解に傾き、骨格筋量の消耗を生じることから、栄養療法と運動療法を組み合わせることで骨格筋量の維持・向上を促すと考えられる生理学的機序をデータからみるがんと運動 vol.5「がん悪液質と運動 ~理論と実際」で紹介しました。
こうした中、集学的治療の標準モデルとなる方法を確立させるための研究が日本において進行中です。「NEXTAC(進行がんに対する栄養および運動治療)プログラム」というもので、がん悪液質を発症しやすい高齢進行がん患者さんを対象に、日本がんサポーティブケア学会悪液質部会を中心としたグループが独自に開発したプログラムです。内容としては、日常生活における身体活動を高めたり、自宅にて簡易的に実施可能なトレーニングからなる運動プログラムと、分岐鎖アミノ酸(BCAA)(参照: データからみるがんと運動 vol.5「がん悪液質と運動 ~理論と実際」 )を豊富に含むサプリメントの摂取と個別の食事指導からなる栄養プログラムとを組み合わせたプログラムとなっています。現在までに、NEXTACは安全に実施可能なプログラムであるということ(NEXTAC-ONE)が分かっています。今後の課題としてはNEXTACプログラムの実際の効果を明らかにしていくことであり、こちらはNEXTAC-TWOと呼ばれる臨床試験にて検証されており、その結果の公表待ちの段階となっています。
NEXTAC-ONE試験5, 6)
最初の臨床試験NEXTAC-ONEでは、進行または術後再発の非小細胞肺がん24名、膵臓がん6名の悪液質リスクの高い高齢(70~84歳;中央値75歳)患者さんを対象として、早期の栄養・運動介入の実行可能性と安全性を評価しています。試験に参加した患者さん30名中、16名は運動習慣がなく、21名は骨格筋量の減少を認めており、そのうちの12名は既にがん悪液質と診断されていました。参加した30名全員が、がん治療として全身化学療法が予定されており、治療と並行して栄養・運動介入が実施されました。この臨床試験では、試験へのエントリーから化学療法開始までの期間をT1、治療開始後2~6週間をT2、6~10週間をT3とする3回の評価期間を設定し、各時期において栄養評価、身体機能評価および身体活動評価が実施されました。運動および栄養それぞれ3回のセッションから成る合計8週間の介入プログラムでは、いずれのセッションにおいても患者カウンセリングと教育が行われました。
NEXTACの運動療法は自宅で行える下肢の筋力トレーニング(レジスタンス運動)で構成されており、特別な機器や道具などを必要としません。トレーニングは椅子に座って行う膝の伸展、腿(もも)上げ、椅子からの立ち上がり運動および椅子の背で支えながら行う踵上げと股関節の外転運動から成り(図:
がん悪液質.jp「運動療法で活動量と筋肉量の維持を目指します」
)、強度はおもりを装着することで3段階までレベルを調整できます(下表)。
レベル | 運動の構成 |
---|---|
1 | 立ち上がり運動 + 踵上げ運動 + 膝の伸展運動 |
2 | 立ち上がり運動 + 踵上げ運動+ 膝の伸展運動 + 腿上げ運動 + 股関節外転運動 |
3 | 強度2の運動を、膝の伸展、腿上げ、股関節外転については1kgのおもりを装着して行う |
はじめに、レベル2の運動プログラムを10回×3セット行い、その後の患者さんの疲労度を評価します。その結果に応じて各患者さんの強度レベルを設定し、決められたレベルの運動の10回×3セットを基本処方として毎日継続します。
NEXTACプログラムでは、できる限り毎日継続するための工夫として、
- 1)10回×3セットを10回×1~2セットに減らす
- 2)それでも継続が難しいときは、運動の種類を減らす
- 3)2)で継続できない場合は、運動の頻度を2~3日に1回に減らす
- 4)運動を一時休止し、体調が回復すれば速やかに再開する
という調整を患者さん自身で行えるよう指導しています(自己調整法)。患者さんには毎日、運動・食事日記をつけてもらい、運動の実施状況の記録をもとに、4週間に1回、外来でカウンセリングと指導を行います。
主要評価項目に設定した6回中4回以上の栄養・運動セッションへの参加人数は29名で、96.7%の参加率が得られたことから、本プログラムの実行可能性が立証されました。
運動セッションにおいて設定された運動処方を完遂できた割合は41%、自己調整法にて修正されたプログラムによる実施は42%で、91%の患者さんが期間中何らかの形で運動を継続することができました。これらの結果から、がん悪液質の状態、もしくは近い状態にある高齢進行がん患者さんにおいても、NEXTACプログラムは継続的に遵守することが可能であることが示されました。
また、介入終了時にカロリーおよびタンパク質の摂取量が適切と管理栄養士が判断した患者割合は、それぞれ86%および83%でした。また、79%の患者さんが屋内での活動を維持または増加、69%の患者さんが屋外活動を維持または増加でき、結果的に1日に歩く歩数(日歩数)と1.8メッツ以上(METs:
データからみるがんと運動 vol.4「家事も大切な身体活動です」
参考)の身体活動の時間がそれぞれ66%、59%の患者さんで増加しました。さらに、介入終了時の身体組成や身体機能に関しては介入前と比べても、BMI(体重 ÷ 身長2)および骨格筋指数という体格を表す指標の有意な低下は認められず、身体機能測定項目の6分間歩行距離、5メートル歩行速度、握力、並びに身体活動量を示す日歩数、1.8メッツ以上の活動時間(分/日)にも有意な低下はありませんでした。
安全性の評価として、運動プログラムとの関連の可能性が考えられる有害事象が下記の通り、5名の患者さんにみられました(筋肉痛2名、関節痛、労作時呼吸困難および足底腱膜炎各1名)が、いずれも軽度で治療を要するものではなく、以上の結果からプログラムは安全に実施可能と判断されました。
NEXTAC-TWO試験7)
NEXTAC-ONE試験で栄養・運動療法プログラムが高齢進行がん患者さんにおいても安全に実施可能であることを受け、今度は全身化学療法を受ける進行非小細胞肺がんまたは膵臓がんの70歳以上の患者さんを対象にNEXTACプログラムの効果を検証する多施設無作為化比較対照(RCT)第Ⅱ相試験として、NEXTAC-TWO試験が開始されました。2017年8月に患者さんの募集を始め、国内15施設で約130名のがん患者さんが参加しました。自宅での身体活動量測定のためのウェアラブル機器の扱いなどの訓練を経て、スクリーニングで参加可能と医師が判断した患者さんを栄養・運動介入群と介入を行わないコントロール群に1:1に無作為に割り付け、比較検討をしています。
スクリーニング期間と試験期間から構成される試験全体の流れは下図のようになります。
NEXTAC-TWO試験の主要評価項目は介護不要生存時間(試験開始から介護が必要と評価されるとき、または全死因死亡までの期間)と設定され、栄養・運動介入が、がん悪液質患者さんの入院日数の延長とそれに伴う経済的負担のリスクを軽減できる可能性を検討しています。
NEXTAC-TWO試験の評価項目は下表のとおりです。
主要評価項目 | 介護不要生存期間 |
---|---|
副次評価項目 |
|
- SPPB:バランステスト、歩行テスト、椅子立ち上がりテストの3項目から成る簡易的身体機能評価方法
今後への期待 ~日本からの発信
これまでデータからみるがんと運動シリーズで紹介してきたがん悪液質に関するガイドラインに加え、最新では米国臨床腫瘍学会(ASCO)が2020年に公表した「がん悪液質の管理に関するガイドライン」8)があります。ここでも運動療法は集学的治療の一部として推奨されているものの、現時点で科学的に立証するための臨床試験データはなく、独立した治療法として推奨するにはエビデンス(証拠)が不十分と述べられています。
日本で進行中のNEXTACプログラムが、がん悪液質または高リスク患者さんのための栄養・運動療法として確立し、がん悪液質の症状を早い段階で食い止め、患者さんのQOLの維持・向上に貢献できる標準療法となることを願ってやみません。
- 文献:
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- 1) Fearon K, et al. Lancet Oncol. 2011; 12(5): 489-495.
- 2) Argilés JM, et al. Nat Rev Cancer. 2014; 14(11): 754-762.
- 3) 一般社団法人 日本がんサポーティブケア学会、内藤立暁 ほか監修:がん悪液質ハンドブック
- 4) 日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン委員会編集:終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン2013年版 II章 9「がん悪液質の概念と最近の動向」 金原出版 p.46
- 5) Naito T, et al. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2019 ; 10(1) : 73-83
- 6) 立松典篤. 癌と化学療法 2022 ; 49(7) : 732-736
- 7) Miura S, et al. BMC Cancer. 2019; 19(1): 528. doi: 10.1186/s12885-019-5762-6.
- 8) Roeland EJ, et al. J Clin Oncol. 2020; 38(21) : 2438-2453.
- 監修:
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- 名古屋大学大学院医学系研究科 総合保健学専攻 予防・リハビリテーション科学分野 創生理学療法学講座
助教 立松典篤先生
- 名古屋大学大学院医学系研究科 総合保健学専攻 予防・リハビリテーション科学分野 創生理学療法学講座
(2023年3月作成)