8薬物療法について

薬物療法とは、どのような治療法ですか?

薬剤を全身に行き渡らせて、がん細胞を攻撃する治療法です。
大腸がんでは、手術後に行う「術後補助化学療法」と、切除ができない進行・再発大腸がんに対する薬物療法があります。

  • 術後補助化学療法は、手術後に残っている可能性がある目に見えないがん細胞を根絶し、再発を防ぐために行われます。主な対象は、ステージⅢ、または再発の危険性が高いと考えられるステージⅡで、全身状態が良好な患者さんです。
    「フッ化ピリミジン系」と呼ばれる抗がん剤を中心に、単剤、または作用の異なる薬を組み合わせた治療法が用いられます。
    治療は、術後8週間ごろまでに開始し、6ヵ月間続けるのが一般的です。ただし、がんの状態や用いる薬の種類によっては治療期間が3ヵ月になることもあります。
  • 切除が難しい進行・再発大腸がんに対する薬物療法では、がんの進行スピードを抑え、つらい症状を緩和して、よい状態を長く維持することを目指します。
    使われる薬剤は、「抗がん剤」「分子標的薬」「免疫チェックポイント阻害薬」などの種類があり、患者さんの全身状態や合併症の有無、がん細胞の性質(遺伝子変異など)を考慮して決められます。
    最近は、薬物療法が大きく進化し、治療の反応性を予測するための検査法も登場したことで、個々の患者さんの遺伝子の発現状況に応じた治療が行えるようになってきました。
大腸癌研究会編, 患者さんのための大腸癌治療ガイドライン 2022年版, p48-51, 金原出版, 2022
国立がん研究センター がん情報サービス「大腸がん(結腸がん・直腸がん)」
もっと知ってほしい大腸がんのこと 2022年版, p15-22, NPO法人キャンサーネットジャパン, 2022
点滴をしている患者さん

遺伝子等の検査結果に基づく薬物療法

薬物療法を始める前に「遺伝子関連検査」を行うことで、患者さんの遺伝子等の発現状況によって、効果が期待できる抗がん剤を選択することができるようになります。

遺伝子検査には、特定の遺伝子をもっているかを確認する「コンパニオン診断」と、いくつかの遺伝子を組み合わせてセットにして確認する「遺伝子パネル検査」の2つがあります。

【コンパニオン診断】
特定の遺伝子に効果のある薬剤を投与する前に、効きやすい遺伝子をもっているかを確認する検査です。

【遺伝子パネル検査】
多数の遺伝子を高速で解析できる装置を使って、一度にまとめて遺伝子の情報を確認できる検査です。

診断画像

遺伝子関連検査

RASラス遺伝子

陰性

抗EGFR抗体薬

「RAS遺伝子」は、がん細胞を増やすシグナルが伝わる途中にある遺伝子です。RAS遺伝子に変異がない場合(陰性)は、抗EGFR抗体薬がシグナルの伝達を止め、がん細胞の増殖を抑える作用が期待できます。

遺伝子変異等の発現割合:約50%1)

BRAFビーラフ遺伝子

陽性

BRAF阻害薬

BRAFというたんぱく質を作るBRAF遺伝子に変異がある場合(陽性)は、BRAFたんぱく質が常に活性化され、がん細胞が増殖します。BRAF阻害薬は、BRAFたんぱく質のはたらきを阻害することで、がん細胞の増殖を抑える作用が期待できます。

遺伝子変異等の発現割合:約5~7%2,3)

MSI-Highエムエスアイ-ハイdMMRディーエムエムアール

陽性

免疫チェックポイント阻害薬

私たちの体をつくる設計図ともいえる「DNA」には、何度も複製を繰り返す「マイクロサテライト」と呼ばれる部分があります。「MSI(マイクロサテライト不安定性)」とは、マイクロサテライトに起こった配列間違いを修復するはたらきを表し、MSI-Highでは修復するはたらきに異常がある状態(ミスマッチ修復機能欠損:dM MR)と考えられています。免疫チェックポイント阻害薬は、MSI-HighまたはdMMRの患者さんで、効果が得られる可能性があります。

遺伝子変異等の発現割合:約4%4)

HER2ハーツー遺伝子

陽性

HER2阻害薬

HER2は、細胞の増殖にかかわるたんぱく質の1つで、HER2たんぱく質を作るHER2遺伝子が増幅している場合(陽性)は、HER2たんぱく質が活性化され、がん細胞 が増殖します。HER2阻害薬は、HER2たんぱく質に結合することでHER2たんぱく質のはたらきを阻害し 、がん細胞の増殖を抑える作用が期待できます。

遺伝子変異等の発現割合:約2~3%5,6)

上記に該当しない

上記すべての遺伝子異常が確認されない患者さんも約半数おられます。その場合は上記以外の抗がん剤で治療を行うことが推奨されています。

  • 1)大腸癌研究会編:大腸癌治療ガイドライン 医師用 2024年版,2024,金原出版より作成
  • 2)Ogura T, et al. Oncol Rep. 2014; 32: 50-56.
  • 3)Yokota T, et al. Br J Cancer. 2011; 104: 856-862.
  • 4)Akagi K, et al. Cancer Sci. 2021; 112: 1105-1113.
  • 5)Heppner BI, et al. Br J Cancer. 2014; 111: 1977-1984.
  • 6)Richman SD, et al. J Pathol. 2016; 238: 562-570
監修:
がん研究会有明病院 消化器化学療法科
部長 山口 研成 先生

化学療法(抗がん剤)

抗がん剤(細胞傷害性抗がん剤)は、主に細胞が分裂する増殖過程に作用してDNAの合成を妨げたり、その機能を障害することで、がん細胞の増殖を抑える働きがあります。

  • 「フッ化ピリミジン系」と呼ばれる抗がん剤が基本として用いられます。
    投与法は、点滴によるものと、内服(飲み薬)よるものがあります。
  • 大腸がんの化学療法では、フッ化ピリミジン系の抗がん剤に、他の抗がん剤を2〜3種類組み合わせた併用治療が多く用いられます。
点滴と薬のイラスト

分子標的療法(分子標的薬)

分子標的薬は、がん細胞の増殖に関わる特定のタンパク質に作用し、がん細胞が増えるのを抑える働きがあります。大腸がんでは次のような種類があります。

  • 抗EGFR抗体薬
    がんの増殖に関わるEGFRタンパク質の働きを抑える働きがあるお薬です。
    対象は、RASラス遺伝子に変異のない(野生型の)患者さんに限られます。
薬のイラスト
  • 抗VEGF抗体薬・抗VEGFR-2抗体薬(血管新生阻害薬)
    がん細胞に栄養を与える新しい血管の形成を抑える働きがあるお薬です。
  • マルチキナーゼ阻害薬
    がんの進行に関係するキナーゼ(酵素)を阻害することにより、がん細胞の増殖を抑えます。
  • BRAF阻害薬
    がん細胞の増殖に必要なBRAFタンパク質の活性を阻害することにより、がん細胞の増殖を抑えます。
    対象は、BRAF遺伝子に変異がある患者さんに限られます。
  • MEK阻害薬
    がん細胞の増殖に必要なMEKタンパク質の活性を阻害することにより、がん細胞の増殖を抑えます。
    対象は、BRAF遺伝子に変異がある患者さんに限られます。
  • TRK阻害薬
    がん細胞の増殖に必要なTRKやROS1などのチロシンキナーゼ(酵素)などの働きを抑えることにより、がん細胞の増殖を抑えます。対象は、NTRK融合遺伝子陽性の患者さんに限られます。
  • 抗HER2抗体薬
    がん細胞の増殖に必要なHER2というタンパク質の働きを抑えることにより、がん細胞の増殖を抑えます。
    対象は、HER2陽性の患者さんに限られます。

がん免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)

私たちの体は、免疫機能が正常に働いている状態では、T細胞などの免疫細胞が、がん細胞を「自分でないもの」と判断し攻撃します。しかし、がん細胞が、免疫機能から逃れようと免疫細胞にブレーキをかけ、攻撃から逃れていることがわかっています。薬剤を用いて、がん細胞による免疫細胞へのブレーキを解除し、患者さん自身にもともとある免疫の力を使って、がん細胞への攻撃力を高める治療法を「がん免疫療法」といいます。

  • 使われる薬剤
    「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれるお薬が使われます。
    免疫チェックポイント阻害薬は、免疫のブレーキ役の部分(免疫チェックポイント)に結合する働きがある抗体薬です。
  • 大腸がんに対する治療対象
    切除が難しい進行・再発大腸がんで化学療法を受けたことがある患者さんのうち、がん細胞に「高頻度マイクロサテライト不安定性(MSIエムエスアイ-Highハイ)」と呼ばれる特徴が認められた方が対象となります。
    MSI-Highかどうかは、内視鏡や手術で採取したがん組織のDNAを用いた「MSIエムエスアイ検査」によって確認します。
⼤腸癌研究会編:⼤腸癌治療ガイドライン医師⽤ 2024年版, p37-53, 2024, ⾦原出版
国立がん研究センター がん情報サービス「大腸がん(結腸がん・直腸がん)」
もっと知ってほしい大腸がんのこと 2022年版, p15-19, NPO法人キャンサーネットジャパン, 2022
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構「患者向医薬品ガイド」

(2025年1月作成)