アピアランスケアとは~外見の悩みの本質を考える~
こんなに外見がかわるなら
がん治療をしない方がよかった?
7.1%
の人がはい
外見の変化によるがん患者さんの苦痛を軽減するためのケアのことを「アピアランスケア」と呼びます。あなたが、あなたらしく生きることをサポートする医療者の取り組みを、ぜひ知ってください。
[調査方法]日本における性別・部位別のがん罹患率の割合を可能な限り反映できるよう、オンライン調査会社に登録された調査対象者から無作為に選び、1,000名以上の有効回答が得られるまで、匿名の自記式調査をインターネットで行いました。本調査は2018年3月2日から22日まで実施し、1,034名(男性518名、女性516名)の回答が得られました。
Nozawa K et al. Global Health & Medicine 2023;5(1):54-61.
がんの治療中は、脱毛や肌の変色、爪の変化、手術による傷、皮膚炎といったさまざまな外見の変化が起こることがあります。このような外見の変化に対する医療者のケアを「アピアランスケア」といい、近年は、性別、年齢を問わず、外見の変化が気になるすべての患者さんに行われるようになっています。アピアランスケアには、ウィッグ(かつら)や化粧品などを用いたケアから、人間関係などの心理的な悩みに対する対処まで、さまざまな支援が含まれます。アピアランスケアにはどのような目的や手段があるのか、わが国のアピアランスケアの第一人者である目白大学看護学部看護学科教授(臨床心理士・公認心理師)の野澤桂子先生に、お話をうかがいました。
(臨床心理士・公認心理師)
野澤桂子 先生
外見の変化は想像以上の苦痛を伴う
がんの治療では、さまざまな外見の変化が起こることがあります※。がんといえば、薬物療法(抗がん剤)による脱毛をイメージされる方が多いかもしれませんが、実際には、手術による乳房の欠損や傷痕、放射線治療による皮膚炎や脱毛、色素沈着、薬物療法による毛髪や皮膚、爪の変化など、いろいろな部位に多様な変化が起こります(表)。
手術 | 身体の一部の喪失、形態変化(醜形)、瘢痕、ストーマ、リンパ浮腫 |
---|---|
放射線療法 | 急性放射線皮膚炎、脱毛、色素異常、血管拡張、瘢痕、皮膚萎縮 |
薬物療法 |
部位・症状はさまざまである
|
野澤桂子, 藤間勝子編:臨床で活かす がん患者のアピアランスケア 改訂2版, p3, 南山堂, 2024年
これまで、こうした外見の変化は、治療に伴う「仕方がないもの」として、医療者側はそれほど重視してきませんでした。しかし、患者さんにとって、外見は、「他の人から自分がどのように思われるか」に大きく影響するものであり、外見が変化することは、心理的・社会的に大きな苦痛になるという認識が浸透してきました。
※治療や薬剤によって生じる症状は異なります。必ず外見が変化するとは限らないので、気になる方は、主治医に確認しましょう。
アピアランスケアとは?-外見の悩みの本質をふまえた支援-
これまで、外見の変化に対するケアは、症状を治療(薬剤の塗布、乳房の再建など)したり、美容的な手法でカモフラージュしたりすれば、改善できるものと考えられてきました。しかし、私たちの研究で、患者さんの苦痛の本質は、「外見からがん患者であることが露見してしまい、“かわいそうな人”だと思われることで、これまでの対等な人間関係が失われてしまうといった不安」であることが分かりました。なぜなら、外見は、私たちが社会生活を営むうえで、重要な判断要素の1つとして認知されているからです。多くの患者さんは、もし無人島で生活しているなら、髪が抜けてしまっても、これほどの苦痛は感じないと言います。
そこで私たちは、外見の変化に起因する患者さんの苦痛を軽減し、その人らしい生活を送れるように支援するという観点から、医療者が包括的に行っていく支援の必要性を強く感じ、「アピアランスケア」という概念を提唱しました。重要なことは、がん患者さんの外見の悩みの本質をふまえた支援を行っていくことであり、ウィッグやメイクは、そのための手段の1つにすぎないということです。
外見が変化しても、患者さんが特に気にせず、普通に社会生活が送れるのであれば、アピアランスケアは必要ありません。反対に、いくら外見を整えても、患者さん自身が、常にがんであることを気にしたり、周囲の目におびえたりして、自分らしい人生を送れていなければ、意味がありません。がん患者さんが、自分の納得する方法で外見の問題に対処しながら、安心して社会生活を送れるようにサポートすることが、アピアランスケアの役割です。
■アピアランスケアの定義※
アピアランスケアとは、一般に「医学的・整容的・心理社会的支援を用いて、外見の変化に起因するがん患者の苦痛を軽減するケア」とされる。
※令和5年度厚労省研究班により「がんやその治療に伴う外見変化に起因する身体・心理・社会的な困難に直面している患者とその家族に対し、診断時からの包括的なアセスメントに基づき、多職種で支援する医療者のアプローチである。患者が変化した自己像に折り合いをつけながら、その人らしい日常生活を送ることができることを目指すもの」と定義されています。
■アピアランスケアの対象となる患者さんの3要件
①
がんやがん治療に伴う外見の変化があること
がんそのものやがん治療によって、体表に生じた可視的な変化のことであり、症状の大小や多寡は問わない。
②
外見変化に起因する身体・心理・社会的な困難に直面して、本人が苦痛を感じていること
具体的には、その苦痛は、外見の変化に起因する「自己イメージの変化」と「社会における関係性の変化」のいずれか、または双方を対象とすることが多い。すなわち、外見の変化により自分らしさが失われた、周囲の人々や社会との関わりが困難である、と感じることによる苦痛である。
③ ①~②が、精神疾患によらないこと
野澤桂子, 藤間勝子編:臨床で活かす がん患者のアピアランスケア 改訂2版, p6-7, 南山堂, 2024年
医療機関がアピアランスケアを行う意義
アピアランスケアにはさまざまな手法があります。スキンケアやメイク、ウィッグなど、実際に外見をきれいに加工するための支援もあれば、外見の変化に対する患者さん本人の考え方を変えてもらうという方法もあります。医療機関にいる私たちがアピアランスケアに関わる意義は、脱毛などの身体的な問題解決を図るだけではなく、患者さんの疾患や心理を深く理解して、その悩みが象徴する不安にまで踏み込んでアドバイスを行うことだと考えています。
例えば、「ウィッグは、がんの患者さんがかぶるもの」と思っている人に対しては、「薄毛対策として、健康な人でもウィッグをかぶっている」という視点を持ってもらうことで、ウィッグを許容できるようになります。また、元の外見に戻れず悩んでいる人に、「今の自分に合った“自分らしさ”」があることを伝えることで、さまざまなスタイルを使えるようになることもあります。
「気持ちが前向きにならない」とおっしゃる患者さんも多くいますが、がんになって、気持ちが落ち込むのは当たり前 の反応です。心の健康を保つ秘訣は、どーんと落ち込んだあとは、家庭での役割(父親、母親、子どもなど)や、社会での役割(会社員、学生など)を果たしたり、趣味をたしなんだり、現実的な目の前のことに集中してもらうことです。がんであることだけに目を向けていると落ち込むばかりなので、体調のよいときにできる範囲でするようにしてもらいます。そうすると、ほとんどの人は落ち込んだあとに回復しますが、もし、数日落ち込んだ状態が続いたら、主治医に相談したり精神腫瘍科を紹介してもらうことをおすすめします。
エビデンス(科学的根拠)に基づいたケアを提案
アピアランスケアを行うポイントとして、科学的根拠を前提に、患者さんがご自身で意思決定するための情報提供やアドバイスを行うことが重要だと考えています。例えば、現在のスキンケア用品や化粧品で、がん患者さんに適しているとした科学的根拠があるものはなく、「絶対にこれを使わなければいけない」というものはありません。患者さんには、基本的にこれまで通りのケアを行ってもらい、「何か問題が出てくれば、変えていきましょう」とお伝えしています。
がんだからといって、特別で高価なものや方法にこだわる必要はありませんし、複数の選択肢があるときは、手軽にできるシンプルな方をおすすめします。これまで通りか、少し方法を変えるだけでうまくいくことが多いため、相談を受けた場合は、私たちが蓄積したこれまでの経験を基に、患者さんの生活や嗜好(しこう)に合う提案をします。重要なのは、アピアランスケアは、「“beauty(美しさ)”ではなく、“survive(生きる)”のための手段」であるということです。正解が1つではないので、自分らしくいきいきと過ごせる方法を選択していってもらえればと思います。
周囲の人が、苦痛に寄り添うための工夫
外見の変化は患者さんにとって大きな苦痛です。そんな患者さんに寄り添う家族や周囲の人も、患者さんにどう接すればよいのか分からず、不安を抱えていることがあります。一番身近な存在であるご家族は、心配のあまり、「ウィッグを買おうか?」「メイクで隠してみたら?」と、いろいろなアドバイスをしてしまいがちです。しかし、まずは患者さん本人の希望を尊重してください。大切なのは、「外見が変わっても、大切な家族であることに変わりはない」ということを伝えたうえで、患者さんの希望に添ったケアを一緒に考えていくことです。
また、周囲の人は、態度を変えず、これまで通りの付き合いを心がけてください。患者さんからよく聞く不安は、これまで通りの対等な人間関係を続けられないのではないかということです。もし、判断に迷うことがあれば、「こういう場合はどうしてほしい?」と希望を聞いてあげるとよいでしょう。
もちろん、人間関係を維持していくためには、患者さん自身の努力も必要です。病気の情報はプライバシーなので、基本、言う必要はありませんが、もし、仕事の関係で話したり、周囲が状況を察して心配しているようなときは、「こういうふうに接して欲しい」「こんなときはこうしてほしい」と自分から依頼することも効果的です。例えば、「●●の会には治療があるので10回に1回くらいしか参加できないけど、めげずに全部誘ってほしい」といったように、相手ができることを具体的に話すとみんな安心します。このように、アピアランスケアでは、患者さんが周囲との人間関係を維持するためのさまざまなコミュニケーションのアドバイスもしています。
がん患者さんが、いきいきと自分らしい生活を送るために
治療技術の進歩で、抗がん剤や放射線治療は入院をせずに外来で行うことが基本となり、患者さんもこれまで通り、仕事や学業を続けながら、社会の中で生活を送れる時代になってきました。同時に、こうした社会的変化を背景に、アピアランスケアを必要とする患者さんも増えています。
外見をどのように見せるかについて絶対的な正解はありません。例えば、体調が良い日でも通勤中はぐったり病人スタイルで体力を温存、大事な会議のときはきちんとするなど、緩急をつけると大切なところで力を発揮しやすくなり、周りの人も安心するでしょう。外見は自分らしく生きるための手段の1つにすぎないので、うまく使い分けてほしいと思います。
外見に変化が出てきたことで、少しでも思い悩んでいるのならば、まずは通っている病院のアピアランス支援室や相談支援センター、これらがない場合には、担当医や看護師さんに気軽にご相談ください。
(2023年3月作成)
(2024年3月更新)