がんになっても“自分らしく” ~外見の変化に対するアピアランスケアの実際~
国立がん研究センター中央病院 アピアランス支援センター
製品が必要?
相談できる?
がんや治療による外見の変化について相談できるところです。
当センターでは物品の販売はしていませんし、高価なウィッグや特別な化粧品をおすすめすることもありません。
外見の変化に伴う苦痛に寄り添って、その方にとって本当に必要な支援をします。
がん治療の進歩により、がんになっても就労・就学している方が増えました。一方で、社会とのつながりや人との付き合いが保たれることにより、脱毛、皮膚の変色といったがん治療に伴う外見(アピアランス)の変化が注目されるようになってきています。アピアランスケアとは何なのか、患者さんに本当に必要な支援はどういったものなのか、国立がん研究センター中央病院 アピアランス支援センターのセンター長であり、公認心理師・臨床心理士として多くの患者さんの悩みに寄り添ってきた藤間勝子先生に、小野薬品工業のナースがお話を伺いました。
アピアランス支援センターセンター長
公認心理師・臨床心理士
藤間 勝子 先生
がんとともに、社会とつながりながら生きていくためのケアを提供する場所
アピアランス支援センターができた経緯を教えてください。
がんの治療にはさまざまな苦痛が伴います。痛みや吐き気などの身体的な苦痛はもちろんですが、当院の通院治療センターの患者さんを対象に行った調査では、脱毛や乳房の切除といった外見上の変化も、患者さんにとって大きな苦痛であることが分かっています1)。
アピアランス支援センター(以下、当センター)は、がん治療に伴う脱毛、皮膚の変色、皮疹、爪の変化、手術痕などの外見の変化とその苦痛に特化して、対処法をアドバイスしたり、心理・社会的なケアを提供したりすることを目的として、2013年に日本で初めて医療機関内に設置されました。
アピアランスケアの目的は何でしょうか。
アピアランスケアは、単に脱毛や肌に対するケアを提供することだと思われがちですが、私たちは外見の変化が最終的に患者さんのどのような苦痛につながっているのかを考え、自己イメージや対人関係、社会生活などで生じるさまざまな不安のケアを行っています。ウィッグをかぶったり、メイクでカモフラージュしたりすることもありますが、それはあくまでも手段の一つで、不安が解消されれば、ウィッグをかぶらない、メイクで隠さないという選択肢もあります。当センターにいらっしゃる患者さんの多くが、がんからくる外見の変化によって苦痛を感じることなく、また、人間関係や社会生活に支障をきたすことなく、自分らしく生活ができることを望んでいます。 そうした意味でも、私たちが提供しているのは、“beauty(美しさ)”のためのケアではなく、“survive(生きる)”のためのケアです。がんになっても社会とつながりながら生きていくためのケアを提供することが、私たちの役割だと考えています。
先生のような医療者がアピアランスケアに携わる意義について教えてください。
私はたまたま心理士ですが、看護師や相談支援センターの相談員がケアを行っている施設もあります。私たち医療者がアピアランスケアを行う意義は、まずは治療のプロセスに沿って患者さんにケアを提供できること、また、外見の変化という表面化した問題だけでなく、外見の変化によって苦痛を感じている理由を考え、その患者さんにとって本当に必要な支援につなげていくことだと思っています。
外見の変化により、これまでの人間関係が失われることへの恐怖
外見の変化に伴う苦痛として、どのような原因が考えられますか。
外見の変化に伴う苦痛には、他者の存在が大きく影響しています。例えば、脱毛した人がウィッグをかぶる理由で多いのは、美しさの問題ではなく「がんだと知られたくないから」です。脱毛はがんの象徴なのです。患者さんは、脱毛により周囲から「がんになったかわいそうな人」と思われることで、以前のような対等な人間関係が築けなくなることを恐れています。
がんと知られたくない場合、どうしたらよいのでしょうか。
「高価でも、絶対バレないウィッグがほしい」という患者さんがよくいらっしゃいます。しかし、どんなに高価で自然なウィッグでも、心の中の不安や恐怖が大きいと安心できないことも多いのです。私は少し視点を変えてこんな提案をしています。それは、ウィッグをかぶっている他の理由を準備しておくというものです。もし、誰かに指摘されても、「白髪が目立つんだけど、いま毛染めができなくて」とか、「グレイヘアにする途中なの」と答えれば、がんと言う必要はありません。そして、髪が生えてきたら、「老けて見えるからやめた」とでも言えばよいでしょう。顔周りだけインナーカラーの入ったウィッグを選んだ若い患者さんには、「仕事の都合で染められないので、ウィッグで試してみた」という理由をアドバイスしたこともありますし、「ストレスで抜けたからウィッグをかぶっている」と話していた方もいました。がん以外の理由であれば、ウィッグだと周囲に分かってもよいという方は意外と多いのです。
がんになったからといって、無理してカミングアウトする必要はないのですね。
有名人のがんの告白が影響しているのかもしれませんが、がんになったことを必要がなくてもとにかく先に言ってしまう人が増えているように感じます。しかし、病気は究極のプライベートな問題なので、周囲の誰しもにがんを告白する必要はありませんし、告白された側もとまどう可能性があります。告げる必要がある時だけ告げればよいと考えています。
特別なものは必要ない、手軽に始められるアピアランスケア
アピアランス支援センターを訪問する患者さんの悩みとして、どのようなものが多いですか。
やはり脱毛の相談が多いです。「脱毛」は「がん」や「化学療法」の同類語で、がんになってしまった不安や混乱を「脱毛」というキーワードで表現される患者さんも多く、単純にウィッグや帽子をすすめて解決というわけにはいきません。
そうした患者さんに、先生はどのようにアプローチされるのでしょうか。
脱毛が気になるという方には、脱毛の何が気になるのか、誰に対して、どんなときに気になるのか伺います。そして、その患者さんの対処能力を考慮したうえで、ケアを考えていきます。私が心がけているのは、無理にこちらから何かを引き出そうとはせず、患者さんのお話の中から、アドバイスできそうなきっかけを探すということです。また、アピアランスケアの入口として、手軽にできるケア方法をお伝えすることも、大切だと思っています。
手軽にできるアピアランスケアとは、どのようなものでしょうか。
脱毛を心配されている方に、いきなりウィッグの話はせず、まず、髪が抜け始めたときにかぶる脱毛キャップの話をします。専用の商品もありますが値段が高いので、私は100円ショップで買える台所の水切りネット(深型)で代用することをおすすめしています。特別なものを買う必要はなく、安価で代用できることを知ってもらい安心していただきます。次に、帽子を用意しておいたほうがよいこと、がん患者さん用の帽子でなくてよく、スカーフやネックガードでも代用できることをお伝えします。こうして視点を変えながら、高価なものや医療用のものではなく、身近なものから手軽にケアできることを理解いただき、本題のウィッグの話に入るようにしています。
また、急に髪が抜けて、患者さんが驚いたりショックを受けたりしないよう、ご本人の希望を確認のうえ、事前に脱毛していく様子を写真で見せて、どんなふうに抜けていくかイメージしていただくこともあります。
がんになっても、その人にしかできない大事な役割がある
脱毛や乳房の切除などで、喪失感に苦しむ患者さんには、心理的ケアが必要になる場面もあると思います。
喪失感の裏にあるのは、「がんに人生を支配されてしまった」という思いです。患者さんは、これまでの自分ががんに乗っ取られてしまい、まったく違う自分として生きていかなければいけないことに、恐怖を感じます。乳がんの患者さんで、外見の変化を非常に心配されていた方に、「がんは体のほんの一部で、他の部分は“あなた”のままです。だから、これまで通りでいいんですよ」とお話ししたところ、とても安心されたこともありました。
患者さんにとって「あなた自身は変わらない」という言葉は、大きな意味を持つようです。
先日、2歳のお子さんがいるという母親が相談にみえました。脱毛した頭を見て、お子さんがイヤイヤのしぐさをしたとのことで、ウィッグをかぶるべきか悩んでおられました。そこで私は、「髪がないお母さんを見慣れていないだけです。今までと同じお母さんだと分かれば大丈夫。今までと同じようにお子さんと接してください」とアドバイスしました。そうでないと、母親はウィッグなしで子どもに会うのが怖くなってしまうからです。「お子さんにとっては、髪があろうがなかろうが、お母さんはあなた一人」。そうお伝えしたところ、母親は「やってみます」と笑顔で帰っていかれました。
中身が同じお母さんであれば、お子さんは安心するということですね。
その通りです。小学生のお子さんがいる母親が、「息子は私の長い髪が好きなので、同じ髪型のウィッグがほしい」と相談に来られたことがありました。ウィッグをすすめるのは簡単ですが、私はあえて「人にはその人の事情や好み、考え方があって、髪型などの外見もその人が自由に決めるものだよ、とお子さんに伝えてみませんか」と提案しました。お子さんが小学生ということもあり、相手の事情や好みを尊重する大切さを教えるのには、子育ての教育としてもよい機会だと考えたからです。多くの母親は「きれいなお母さん」でいるより、子どもを健やかに育む「きちんとしたお母さん」でありたいと思っています。この母親も、母親として自分が子どもにしたいことに気づいたようでした。
家族の歩み寄りはお互いの気持ちを理解することから
患者さん本人は外見の変化を受け入れていても、ご家族が受け入れられないこともあると思います。患者さんとご家族の意思決定が異なる場合は、どうされているのでしょうか。
当センターには、患者さんがご家族と一緒にいらっしゃることも多く、患者さんとご家族で意見が割れることも珍しくありません。よくあるのが、がんになったご主人がウィッグは必要ないと言っても、奥様が高価なウィッグを買おうとして、もめるケースです。実は、この原因は、奥様に負担をかけまいとするご主人と、ご主人が心配で何かしてあげたいと願う奥様の、互いを思う気持ちに他なりません。お二人の前で、それぞれの気持ちを代弁することで、ご主人は奥様の思いを理解しますし、奥様は不安を受け止めてもらえた安心感から「あなたがそう思うならウィッグはなくてもいいわよ」と、ウィッグにこだわらなくなります。このように、きちんと対話して、お互いの気持ちを理解することが大切だと考えています。
がんを隠すだけでなく、がんだと伝えることも大切
アピアランス支援センターの利用方法について教えてください。
当センターでは、患者さんが予約なしで自由に来て、ウィッグや化粧品などの展示物を見たり、実際に体験できる時間を設けたりしています。もちろん、ゆっくり相談したい患者さんには、予約制の個別相談も行っていますし、これから治療する患者さんを対象にしたグループプログラムも行っています。グループプログラムは、同じ悩みを抱えた仲間や治療後の先輩から話が聞けるという点でも貴重な機会だと思います。
男女比はいかがですか。男性は相談に来づらいようなイメージがあるのですが…。
私たちもそう思い、以前は男性限定相談日を設けていました。でも、男性も普通に相談に来てくれることが分かり、男性の相談日は廃止しました。特にバブル期(1986年~1991年)を体験している男性は、基礎化粧品やメイクに抵抗がないようですし、「がんとバレないように」ではなく、「見た目が大きく変わってもよいから若々しく見える方がよい」と言う男性もいて、時代とともに考え方も変わってきているように思います。
働く人を対象にした講座もあるそうですが、どのようなことを行っているのですか。
月に一回、「働く人のためのアピアランスケア講座」をオンラインで開催しています。会社を休まず参加できるよう、開始時間は18時からです。講座では、働く場面に特化して、会社の人への伝え方や肌の変化への対処法をはじめ、Webを駆使してウィッグなどの情報を収集する方法なども紹介しています。
この講座で、私はよく、「皆さんが『がん患者1年生』であるのと同じように、周囲の人も『がん患者の上司1年生』『同僚1年生』なのです」という話をしています。1年生だから、うまくできるわけがありません。だからこそ、互いにコミュニケーションをとって、何をしてほしいか、きちんと伝えることが大切なのです。そして、それは仕事先の相手に対しても同じです。例えば、創業社長などで公表すれば株価に影響が出るといった場合は、病気を隠す必要があるかもしれませんが、会社員の場合、がんの治療をしながらでも仕事はできることや、会社のサポート体制についてきちんと伝えることで、逆に信頼が得られ、仕事がうまくいったケースがあることも知っていただきたいと思っています。
誰もが「自分らしく」生きられる時代へ ~これからのアピアランスケア~
アピアランスケアの重要性は、今後さらに高まっていくように思います。
国もアピアランスケアの必要性を深くとらえ、2022年8月の厚生労働省健康局長通知でも拠点病院の要件に関し、アピランスケアの相談体制の整備についてふれられています。私たちはアピアランス支援の受け皿を増やすべく、全国の医療者を対象とした研修会を行ったり、全国の自治体や医療機関で使用できる共通の資材を作ったりすることで、患者さんが全国どこに住んでいても、等しくアピアランスケアを受けられる環境整備を進めています。
これほど外見が注目される時代はなかったのではないでしょうか。
背景として、治療薬や支持療法の進歩、通院治療環境の整備などで就労・就学を維持しながら、がん治療をする方が増えてきたことがあると思います。さらに、現代のようなSNS 社会では、自分の外見を発信することが当たり前になっており、外見の問題はがんの患者さんでなくても大きな関心事になっています。
そうした社会では、どのようなことが必要でしょうか。
近年、小中学校などでは、人を見た目で判断してはいけないというダイバーシティ(多様性)教育が浸透し、外見の違いに対する受け入れも広くなったように思います。実際、中学生の女の子の患者さんが、ウィッグなしで元気に登校するなど、若い世代中心に、こういった動きも広がっています。ただ、彼女たちが絶対に傷つかないという保証はありません。「何かあったら、ご両親や私たちが味方になるから、一人で我慢しないで」というメッセージを、患者さんはもちろん、ご家族にも届くように伝えていくことが大切だと思います。これは、小児の患者さんだけでなく、成人の患者さんについても同じです。
最後に、外見の変化に悩んでいらっしゃる患者さんに、メッセージをお願いできますか。
アピアランスケアは、「外見の変化によって起こる苦痛を軽減し、人と社会とつながりながら、その人らしく過ごせるように支援すること」ですが、私が最後にお伝えしたいのは、「自分らしさは、一つではない」ということです。会社でスーツを着ている自分、家でくつろいでいる自分、場面によってさまざまな自分がいると思います。だから、必ずしも元通りの外見に戻さなくてもよいのです。自分が心地よいと思うもの、これなら自分らしいと思えるものを選べるのであれば、選択肢はもっと広がるはずです。私たちはこれからも、患者さんが素敵な自分、自分らしい自分を見つけるためのお手伝いをしていきたいと思っています。
藤間先生、ありがとうございました。
- 1) 国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター編:臨床で活かすがん患者のアピアランスケア, p4-5, 南山堂, 2017年
国立がん研究センター中央病院 アピアランス支援センターの利用方法2)
- 自由見学時間:月曜から木曜(12~13時)
- 外見(アピアランス)ケアプログラム/個別相談:事前予約制
※国立がんセンター中央病院に通院している患者さんが対象になります。
ウィッグや帽子、皮膚や爪をケアする化粧品、マニキュアなどが展示されており、自由に見たり試したりすることができる。
(物品の販売は行っていません)
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2)
国立がん研究センター中央病院 アピアランス支援センターのご利用方法
(2022年10月27日時点、https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/division/appearance/030/index.html)
(原稿作成 2022年11月)