事例③:脱毛に悩み、職場復帰を躊躇(ちゅうちょ)している
~38歳・男性・小学校教師の場合~
がん治療による外見の変化で、
他人にがんだと気づかれた?
22.4%
の人がはい
「がんで外見が変化した」と、周囲の人全員に告げる必要はありません。
また、外見の変化でがんだと気づかれることは多くなく、仕事ぶりや態度が変わらなければ、次第に周囲は気にしなくなっていくものです。

[調査方法]日本における性別・部位別のがん罹患率の割合を可能な限り反映できるよう、オンライン調査会社に登録された調査対象者から無作為に選び、1,000名以上の有効回答が得られるまで、匿名の自記式調査をインターネットで行いました。本調査は2018年3月2日から22日まで実施し、1,034名(男性518名、女性516名)の回答が得られました。
Nozawa K et al. Global Health & Medicine 2023;5(1):54-61.
CZさん:38歳 男性
職業:小学校教師
疾患:胃がん
胃がんになり、教師の仕事を休職していました。抗がん剤の副作用で、髪が薄くなってしまい、シャンプーを変えたり、育毛剤をつけたりしていますが、なかなか生えてきません。職場復帰したいのですが、がんのことを生徒たちに話しておらず、髪がないと驚かれるだろうし、ウィッグをつけていくとからかわれるのではないかと心配しています。体育の授業をしたり、子どもたちと思い切り遊んだりしたいので、できればウィッグはかぶりたくないのですが、見た目が変わってしまい、これまでと同じように生徒たちと接することができるか不安です。

がんの情報は究極のプライバシーなので、基本的に人に言う必要はない
脱毛は、抗がん剤や放射線療法によって、毛根部分にある細胞が影響を受けることで起こります1)。脱毛はがんのイメージに直結することから、精神的ダメージやQOL(生活の質)への影響も大きく、どの年代でも、脱毛のために職場復帰に躊躇しているという方が多くいらっしゃいます。
まず、知っておいてもらいたいのは、「『がんだから脱毛した』と、基本的に人に言う必要はない」ということです。がんのことを伝えなくてよいということは、ウィッグをつける場合でも、本当のことは言わなくてもよく、「薄毛になってきた」「毛染めに失敗した」「伸ばしている途中」など、都合のよい理由を話してください。最近では、おしゃれを目的としてウィッグを使用する方も多くいます。そう思うと、少し気が軽くなるのではないでしょうか。「若い嫁をもらったから」という理由でウィッグをされた患者さんがいて、同僚からうらやましがられたそうです。
また、脱毛しているからといって、必ずしもウィッグをかぶる必要はありません。素材にこだわった帽子や毛髪つきの帽子、日除け垂れがついていて、うなじまで隠れるタイプのキャップなど、いろいろありますので、自分が心地よいと思ったものをつけてください。
脱毛以外にも、抗がん剤の影響で、変色して白髪が増えたり、髪質が変化して、縮毛が生えてきたりすることもあります1)。ウィッグを活用するのも1つの方法ですが、いまの自分の髪質や髪色に合わせた自然な髪型を考えてみるのもよいでしょう。
子どもには、うそをつかないこと
CZさんの場合、他の職業と違い、“教師として”子どもたちとどう向き合うかというのが次のステップになります。子どもたちは、「何かおかしい」、「でも、先生に聞いてはいけない」という空気を敏感に感じ取ったり、中には「なぜウィッグをかぶっているの?」「髪がなくなったの?」と率直に聞いてきたりするかもしれません。このとき、子どもたちには「うそをつかない」ことが一番大切です。生徒があとから本当の理由を知った場合、信頼関係に影響が出ます。がんのことを言いたくなければ、「病気で休んでいた」と伝えるだけで、子どもたちは納得するかもしれません。素直に「今は(まだ不安で)言いたくないんだ。ごめんね。心配してくれてありがとう」とつけ加えてもよいでしょう。もちろん、教育のプロとして一歩進んでこれを「子どもたちにがんを知ってもらう機会」にするのもありです。担当医や看護師に相談すれば、がんのことを分かりやすく解説している絵本などを紹介してくれるでしょう。
これまでの態度・振る舞いが変わらないこと
外見の変化に生徒たちが驚いて一旦は距離が生まれたとしても、ふだん通りの授業をして、これまでと同じように子どもたちと遊んでいれば、自然と、生徒たちとの距離は縮まります。ここで重要なのは、態度や振る舞いを変えず、これまでとまったく同じように生徒と接するということです。
例えばある日、薄毛の上司がウィッグをして会社に来たとします。朝、部下たちはみんな目が点になり、昼休みはその話題で持ちきりでしょう。しかし、上司の仕事ぶりや態度が変わらなければ、一週間後には、以前の上司の髪型など、みんな忘れてしまいます。ウィッグをかぶるにしても、かぶらないにしても、以前と違う髪型で学校に行くのは、最初はかなり勇気がいると思います。しかし、CZさんの本質さえ変わらなければ、生徒たちにとって、「大好きな先生」であることに変わりはありません。
がんの経験をプロフェッショナルとして生かすことも
CZさんは教育者として、自身の体験を生徒たちのがん教育に生かすこともできます。外見は社会を生きる手段にすぎません。例えば、自身のがんの経験をもとに講演をしたり、新しいアイデアを提案したりするなど、プロフェッショナルとしてがんを活用している方もたくさんいらっしゃいます。がんを語ることで、生きやすくなるなら、自身の経験をどんどん活用していただければよいと思います。
もちろん、その判断は人それぞれで構いません。CZさんのようなケースでは、「がんであることを言わない」、「病気だったことだけ話す」、「がんをオープンにして教育に生かす」といった様々な選択肢の中から、考えればよいと思います。
外見は自分らしく生きるための手段
仕事復帰を考えている方は、外見の変化以外にも、体調によって仕事がこなせないことがあるかもと、大きな不安を抱えていらっしゃると思います。がん治療中に仕事の復帰や継続をされる場合は、無理をせず、「治療期間中は、大損しなければよい」くらい気楽に考えることも大切です。体調が悪ければ職場の近くに泊まったり、タクシーを利用したりするなどの工夫をして、キャリアが続くようにするのも1つの方法です。
治療も仕事もふだんの生活も、すべてを頑張るのは大変です。例えば、仕事で頑張った分、家のことは手を抜いたり、誰かを頼ったりするなど、緩急をつけて、頑張らなくてよいことに労力を使わないようにしましょう。そのかわり、時短勤務であっても、その時間、職場でこれまで通りの役割を果たせば、これまで通りの生活、その方の“社会”が戻ってきます。外見はそのための1つのツールですから、相手や時に応じて変えていけばよいと思います。
- 1) 国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター編:臨床で活かすがん患者のアピアランスケア, p50-55, 南山堂, 2017年
- 監修:
-
-
目白大学 看護学部看護学科 教授
(臨床心理士・公認心理師)
野澤桂子 先生
-
目白大学 看護学部看護学科 教授
(2023年3月作成)