呼吸困難・息切れ、咳への対策

こんな症状

  • 呼吸困難は、息を吸い込みたいのにできない、呼吸をしても酸素が足りずに苦しい、胸が締め付けられるなど「不快な呼吸」という主観的な感覚
  • 身体を動かしたときだけでなく、安静にしていても息が切れる
  • 咳には、毎回、たんを伴う湿った咳[湿性咳嗽しっせいがいそう]と、痰を伴わないまたは少量の粘液のみを伴う乾いた咳[乾性咳嗽かんせいがいそう]がある
  • 個人が感じている「苦しさ」と血液中の酸素や二酸化炭素ガス濃度などの検査値とは必ずしも一致しない

主な原因

がんによるもの

  • 肺がん(原発性・転移性)、気管/気管支の腫瘍、がん性リンパ管症、悪性胸膜中皮腫、がん性胸膜炎、がん性心膜炎など
  • 気道狭窄・閉塞:空気の通り道である気道が細く狭まる、あるいは詰まった状態
  • 胸水: 肺の表面を覆う2枚の薄い膜である胸膜に炎症が起きると、これらの膜の間に胸水という液体がたまる。悪性胸水は、胸膜播種きょうまくはしゅ(がんのできた臓器からがん細胞がこぼれ落ち、胸腔内に種をまいたように散らばって広がること)、腫瘍の転移(がんが最初にできた場所、すなわち原発巣からがん細胞が血管やリンパ管に入り込み、血液やリンパ液の流れに乗って別の臓器へ移動し、そこで増えること)・浸潤しんじゅん(原発巣からがん細胞がみ出るように周囲に広がること)など、がんが原因となって胸水が正常な量を超えてたまった状態
    胸膜腔と胸水
    胸膜腔と胸水

    肺の表面を覆う胸膜と胸壁・横隔膜の内側を覆う胸膜に囲まれた空間を胸膜腔きょうまくくうという。通常は2枚の胸膜はピッタリ重なり合わさっていて区別できない。正常な状態でも胸膜腔にはごく少量の液体(胸水)があり、呼吸により肺が伸び縮みするときに、肺と胸壁の摩擦を少なくする潤滑油の役割をしている。

    厚生労働省 「重篤副作用疾患別対応マニュアル 胸膜炎、胸水貯留」令和4年2月改訂 より抜粋

  • 心嚢水しんのうすい 心臓と心臓のまわりを覆う「心外膜」と呼ばれる膜の間に存在する心嚢液が正常な量を超えてたまった状態
  • 上大静脈症候群じょうだいじょうみゃくしょうこうぐん 腫瘍の圧迫、浸潤、あるいは血管の中に血のかたまりができて血管が詰まる血栓形成などにより、上半身を流れる血液を集めて心臓へ戻す太い静脈である上大静脈が詰まって生じる顔面や上半身の紅潮こうちょう、むくみ、呼吸困難などの症状。肺がん以外にも、乳がんや悪性リンパ腫などに合併することがある。
  • 肺塞栓症: 主には下肢にできた血のかたまり(深部静脈血栓)が血液の流れにより肺まで運ばれ、肺動脈が詰まる病気
  • 気胸: 肺に穴が開いて空気が漏れ、肺が縮んでしまう病気
  • 肺炎
  • 貧血
  • 大量腹水、肝腫大などのため、横隔膜が押し上げられ、胸腔を圧迫する
  • 全身衰弱に伴う呼吸筋疲労

がん治療によるもの

  • 放射線療法による放射線肺臓炎: 胸部にできたがん(肺がん、食道がん、乳がん、悪性リンパ腫など)に対する放射線療法によって、主に肺胞(肺を形づくるブドウの房状の小さな袋)を取り囲む壁である間質に炎症が起きた肺炎。放射線治療中から終了後6ヵ月以内に起きることが多いといわれる1)
  • 薬物療法に伴う薬剤性肺障害(間質性肺炎など)
  • 化学療法、放射線療法に伴う貧血
  • 化学療法による心毒性
  • 手術で肺の一部を切除したことによる肺容積の減少

がん以外によるもの

  • 肺炎
  • 慢性閉塞性肺疾患[COPD]: 慢性気管支炎や肺気腫といった炎症性の肺の病気で、喫煙を最大の原因とする、いわゆる生活習慣病の1つである。特徴的な症状は、慢性的な咳、痰および身体を動かしたときの息切れ(労作時呼吸困難)
  • 気管支喘息・咳喘息
  • 慢性気管支炎
  • 気管支拡張症
  • 肺結核
  • 胃食道逆流症
  • 心不全
  • アレルギー疾患
  • 精神的・心理的な刺激(パニック発作、不安、抑うつ、恐怖など) など

一般にがん患者さんの10〜70%に呼吸困難がみられると報告されており、肺がん患者さんに限るとその割合は75~87%に増えるとされます2)。呼吸困難の自覚症状は「息苦しい」「呼吸ができない」「空気が足りない、入ってこない」「おぼれるような感じがする」など主観的なものですが、重症の状態では、血液中の酸素量が不足して、酸素と結合したヘモグロビンの量が減り、唇や皮膚が青紫色になるチアノーゼが認められる場合があります。
がん患者さんの呼吸困難や息切れは、肺がんなど呼吸器がんの進行のほか、肺のリンパ管にがん細胞が入り込んで増えることでリンパ管塞栓を起こし、肺内のリンパの流れが妨げられて肺のなかに血漿成分(水分)がたまる「がん性リンパ管症」という病気でも生じます。また、放射線治療や抗がん剤治療により起きる「間質性肺炎」などの肺炎、がんと関連しない原因として最も多いとされる、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの基礎肺疾患を含め、特定の病気に限らず、様々な原因で呼吸困難が発現します。

咳は、ほぼすべての呼吸器系の病気が原因となり得ます。がん患者さんの治療開始時に42.9%で認められ3)肺がん患者さんでは診断の時点で65%以上に認められたとの報告があり4)、COPDでは70%の患者さんにみられました5)。
痰がからんだような「湿性咳嗽」は、気道内分泌物や気道内に入った異物を排出しようとする生理的な咳であるのに対し、痰を伴わない「乾性咳嗽」は、気道内や胸膜に何らかの刺激がはたらいて生じる病的な咳です。また、咳は、持続する長さによって、3週間未満を急性咳嗽、8週間以上を慢性咳嗽と分類されています6)
咳が長引くと、食欲不振、頭痛、おう吐、疲労・衰弱、尿失禁などを引き起こし、さらに夜間の咳は睡眠障害の原因となり、生活の質(「QOL:Quality of Life」と言われることも多い)が低下してしまいます。また、「咳の音がうるさいかも」、「悪い感染症と間違われないか」などと家族や近所の目をはばかってしまい、心の健康にもよくありません。乾性咳嗽は病的な咳ですから治療や症状の緩和を行わなければなりませんし、湿性咳嗽であっても自力で痰を排出することが困難な場合には、排出しやすいよう補助を必要とします。たかが咳と我慢をせずに早めに医師の診察を受けましょう。

参考
  • 田村和夫 他編著:がん患者の症状 まるわかりBOOK, 照林社, 2018年
  • 日本緩和医療学会編:専門家をめざす人のための緩和医療学 改訂第2版, 南江堂, 2019年
  • 日本緩和医療学会編:がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン, 金原出版, 2016年
  • 国立がん研究センター がん情報サービス「転移・再発」
    https://ganjoho.jp/public/support/saihatsu/index.html (閲覧日:2023年2月28日)
  • 国立がん研究センター がん情報サービス「呼吸困難・咳・痰」
    https://ganjoho.jp/public/support/condition/dyspnea.html (閲覧日:2023年2月28日)
引用
  • 1)日本呼吸器学会 呼吸器の病気 D.間質性肺疾患 放射線肺臓炎
    https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/d/d-02.html (閲覧日:2023年2月28日)
  • 2)Chan K-S, et al. Dyspnoea and other respiratory symptoms in palliative care. Oxford Textbook of Palliative Medicine, 5th ed. Oxford University Press, New York;2015. p.421-434.
  • 3)Molassiotis A, et al. Cochrane Database Syst Rev(5): CD007881, 2015.
  • 4)Kvale PA. Chest 2006; 129(1 Suppl):147S-153S.
  • 5)Chung KF, et al. Lancet 2008; 371:1364-1374.
  • 6)日本呼吸器学会編:咳嗽・喀痰の診療ガイドライン 2019, メディカルレビュー社, 2019年. p.5-18, 29-102.

呼吸困難、息切れ、咳があるときの工夫

  • 確実に禁煙することが重要です。自分だけでなんとかしようと思わず、禁煙指導・医学的サポートを受けましょう。
  • 呼吸を楽に行うために着衣はゆったりとしたものにし、寝具も保湿性があって軽いものを選びましょう。
  • 換気をしましょう。顔に心地よい風を感じることは爽快感につながるとされるので、扇風機やうちわなどで顔に送風することは、自宅療養においても簡単な方法です。
    扇風機にあたる
  • 上体を起こして座った姿勢の方が、寝たままより呼吸が楽になることが多いです。さらに、座った体勢で腕をベッドのオーバーテーブルに載せるなど、横隔膜を下げる工夫をすると、換気量が増えるとともに、血液が下肢に移行して心臓への負荷が減るので、呼吸困難を軽くする可能性があります。
    楽な姿勢
  • トイレへの移動やいきみは呼吸状態の悪化につながるので、頻繁に使うものは身近に置く、ポータブルトイレを使うなど生活環境を整え、便秘・下痢が生じないよう、看護師や主治医にも相談しましょう。
  • 乾性咳嗽に対しては、室温をやや低めに設定して加湿器やネブライザーを用いて加湿するほか、冬期に室内から室外へ移動するときなどは、温度差が刺激にならないようマスクを着けましょう。口腔内乾燥も咳を誘発しますので、口の中を清潔に保ち、うがいをするなどして保湿しましょう。
  • 湿性咳嗽では、効率よく咳ができるように支援することが重要とされます。大きく咳払いをして一度に痰を出そうとせず、小さく咳き込み、痰を気道の上の方に移動させてから吐き出す方が、痰を出しやすいことがあります。また、長時間同じ姿勢で寝ていると分泌物が同じ部位にたまってしまうので、数時間おきに姿勢を変えると痰を吐き出しやすくなる場合があります。痰をためないようにすることが大切です。加えて、口の中の潤いと清潔を保つことは、痰が切れやすくなるほか、誤嚥性肺炎の予防にもつながります。
    息苦しさを和らげる日常動作~歯みがきのときの工夫
    息苦しさを和らげる日常動作
    ~歯みがきのときの工夫
    独立行政法人 環境再生保全機構 ERCA 「大気環境・ぜん息などの情報館
    ぜん息などの情報館 COPD基礎知識 日常生活の工夫
    【実践編】 息苦しさを和らげる日常の動作」 より抜粋・加工して作成
    https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/copd/life/07.html
    (閲覧日:2023年2月28日)
  • 水分を摂ったり、物を食べた後にむせたり、咳・痰が多くなる場合は、誤嚥のおそれがありますので、すぐに看護師や医師に連絡しましょう。
  • 不安、不眠、痛みは呼吸困難を増強する要因となることから、ご家族など周りの方たちによる日常生活のサポートに加え、心理的なケアも大切です。患者さんとのコミュニケーションでは、会話により咳を誘発させないよう、簡潔にわかりやすく、かつ落ち着いた話し方や、筆談を組み合わせるなど患者さんの負担が少ない意思疎通の方法を考えましょう。
参考
  • 田村和夫 他編著:がん患者の症状 まるわかりBOOK, 照林社, 2018年
  • 日本緩和医療学会編:専門家をめざす人のための緩和医療学 改訂第2版, 南江堂, 2019年
  • 日本緩和医療学会編:がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン, 金原出版, 2016年
  • 国立がん研究センター がん情報サービス「呼吸困難・咳・痰」
    https://ganjoho.jp/public/support/condition/dyspnea.html (閲覧日:2023年2月28日)
監修:
社会福祉法人 聖隷福祉事業団 聖隷三方原病院 緩和支持治療科
副院長 森田 達也 先生

(2023年4月作成)