治療

家族ががんになったとき
〜72歳男性 悪性胸膜中皮腫の場合〜

Zさん:72歳 男性 悪性胸膜中皮腫・ステージⅢ
妻と年金二人暮らし。息子夫婦が遠方に住んでいる。

呼吸困難と胸が圧迫されるような感じが続き、近隣の呼吸器内科を受診。紹介された専門病院で悪性胸膜中皮腫と診断され、術前化学療法を開始しました。

72歳男性

「妻に八つ当たりしてしまった」

悪性中皮腫は肺を包む膜や、おなかの内側を覆う膜などに並んでいる中皮細胞から発生するがんのことで、建材のアスベスト(石綿)を吸い込んだ方で発症しやすいといわれています1)。アスベストにさらされた(曝露(ばくろ))時期から悪性中皮腫を発症するまでの潜伏期間は平均40年ほどといわれており、1970〜1980年代までアスベストが使用されてきたことを考えると2020年代後半に発症のピークを迎えると考えられています1, 2)

Zさんは「悪性胸膜中皮腫?アスベスト?」と疑問符だらけだったそうです。「建築現場で働いたこともないし、心当たりが全くないんです。それに、息子がインターネットで色々と情報を調べたら、医師がいうとおり予後(これから病気が良くなる可能性)は非常に厳しいことがわかり、絶望して妻にきつく当たってしまいました」(Zさん)。このときは、検査入院に付き添った奥さんの様子がおかしいことに気がついた看護師さんが主治医に告げてくれたため、主治医が「レスパイトケア」の意味も含めて、Zさんの入院治療を勧めてくれました。おかげで、Zさんご夫妻はそれぞれに一息つくことができました。

※レスパイトケア:介護者が休息をとるために、患者さんや被介護者を一時的に預かる援助サービスを指します。介護保険で利用できるショートステイや短期入院(レスパイト入院など)もこれに当てはまります。

支援制度を活用し、心身の負担を減らしましょう

悪性胸膜中皮腫は治療が難しいがんの一つです。しかも、アスベストへの曝露という自分には非がないことが原因と考えると、怒りや苦しみに拍車がかかるのももっともなことです。また、一般にがんの患者さんの家族は抑うつ症状をきたしやすく、進行がん患者さんのパートナーで23.0%、さらに介護を担うパートナーで38.9%にうつ病が生じたとの報告があります3)。5年生存率が約9割の乳がん4)でさえも、パートナーが情動障害(うつ病など)で入院するリスクは、乳がんでない配偶者を持つパートナーと比べて1.4倍5)と高くなることが知られています。自分のことではないからこそ、無力感や悲嘆にとらわれてしまうのかもしれません。

また、Zさんの奥さんのようにパートナーとのコミュニケーションの問題に直面することもあります。これは「置き換え」といって、治らないがんに対する恨みや辛さを、安心して甘えられる相手についついぶつけてしまうこと指します。そんなときは、訪問看護や公的介護保険、民間の介護サービスなどの支援制度の手を借りたり、第三者に間に入ってもらうことも工夫の一つです。

ご家族が辛い思いをしていると、患者さんの心身にも悪い影響が生じます。患者さんのためにもまず自分自身の健康を維持しましょう。「気がつくと涙が流れている」「よく眠れない」「食欲がない」など心身の変化や不調を感じたときは、病院の心療内科や精神腫瘍科を受診するようにしてください。

支援制度を活用
1)国立がん研究センターがん情報サービス 悪性胸膜中皮腫
(2023年2月21日閲覧、https://ganjoho.jp/public/cancer/pleural_mesothelioma/index.html
2)国立がん研究センター希少がんセンター 悪性腹膜中皮腫
(2023年2月21日閲覧、https://www.ncc.go.jp/jp/rcc/about/peritoneal_mesothelioma/index.html
3)Braun M et al. J Clin Oncol. 2007; 25: 4829-4834 4)国立がん研究センター, がん登録センター. 院内がん登録2013-2014年5年生存率集計, 令和3(2021)年12月 (2023年2月21日閲覧、https://ganjoho.jp/public/qa_links/report/hosp_c/hosp_c_reg_surv/pdf/hosp_c_reg_surv_all_2013-2014.pdf 5)Nakaya N et al. Cancer. 2010; 116: 5527-5534
監修:
国立がん研究センター東病院 精神腫瘍科
科長 小川 朝生 先生

(2023年4月作成)

家族ががんになったとき