- JJさん:28歳 女性 膵臓がんの肝転移
- 会社員(休職中)。未婚で両親、1歳年下の妹と四人暮らし。
膵臓がんと診断後、手術と術後補助化学療法(抗がん剤)を受けていましたが、倦怠感が現れ検査入院をしたところ肝転移がわかりました。
家族が患者さんに“再発”を隠したいと思うこともあります
誰に告知するかは、医師がこれまでの経験に基づいて決めます。2008年時点の厚生労働省の調査では、「患者さんが治る見込みのない病気に罹患した場合、誰に説明するか」との問いかけに対する医師の回答は、「患者さん本人に説明する」8.7%、「患者さん本人の状況を見て患者さんに説明するかどうか判断する」56.5%、「家族に説明する」33.6%でした1)。
特に再発がんでは、患者さんの心情を思いやるあまり、事実を隠そうとするケースが少なくありません。しかし、同じ調査で「自分が治る見込みがない病気になった場合、病名や病気の見通しを知りたいか」という問いかけに対する患者さんの回答は、「知りたい」77.0%、「知りたくない」9.3%と、知りたいと思っている患者さんが多いことがわかりました1)。この点を医師もご家族も考慮する必要があるかもしれません。
JJさんのケースは術後の抗がん剤が効かず肝転移を起こしたため、積極的な治療から生活の質(QOL)を一番に考えた緩和的な延命治療を考える段階だと、医師から告げられたそうです。ご両親、特に母親は、「娘に再発を伝えて悲しい思いをさせたくない」と主張し、姉と仲のよい妹さんは「膵臓がんがわかったときに散々泣いて覚悟はできていると思う。姉さんが後悔しないように知らせるべき」と言って、家族間でも意見がわかれたそうです。そこで主治医が「本人に“もし、悪い結果が出たとしたら、自分で知りたいですか”と聞いてみましょう」と申し出てくれました。
人生会議(ACP)は、患者さんが望む最終段階の医療・ケアについて共有する取り組みです
人生の最終段階における医療・ケアについて、患者さん本人が家族や医療者などと繰り返し話し合う取り組み、「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)愛称“人生会議”」という言葉が、ここ数年で知られるようになりました。ともすれば、遺言や終末期の延命治療に関して事前に決めておく約束ごとと誤解されがちですが、本来は、患者さんにとっての最善の医療と生活を家族と医療者などが支え続けるために、「患者さんの要望と意思」を関係者全員で確認、共有し、適切な支援を実行していくプロセス全体を指します。
一昔前まで、こうした治療の選択や意思決定のプロセスは医療者に委ねられ、患者さん、ご家族にとっては「不本意」な選択がなされることもありました。人生会議はこうした苦い経験の反省に立ち、あくまでも患者さんご本人の価値観や人生観、そしてこれまでの経験を尊重した意思決定を支えるために誕生した考え方です。
JJさんは、主治医の問いかけに「知りたいです」と応じたことから、家族の同席のもとで再発の告知と今後の見通しについて話し合いが行われました。JJさんはショックを受けてしばらく呆然としていましたが、「話してくれてよかった」という言葉を口にしたそうです。その後、人生会議によって、緩和ケアの利用や緊急事態への対処について確認し、JJさんの「家族で京都に行きたい」という希望を叶えるための準備などを進めることになりました。
もちろん、「そんなことを話し合ったら、逆に本人を苦しめるかもしれない」と思う方もおられるでしょう。実際、人生会議がときに「死を意識させる」きっかけになるなど、諸刃の剣になることもあります。しかし、人生会議はこれからを生きるときに大切な事柄を見直すきっかけにもなります。悔いなく生きるために必要なことといえるでしょう。
- 監修:
- 大阪国際がんセンター 心療・緩和科(精神腫瘍科)
部長 和田 信 先生