治療法を自分で決めることができなかった患者さん
~77歳男性の場合~

Cさん:77歳 男性 膀胱がん・尿管がん・腎盂がん
娘と2人暮らし。がん治療をきっかけに退職。自分のがん体験を活かしたいと講演や、ボランティア活動に従事。趣味は語学、伝統文化文様の切り絵。

事務職として勤務していた2014年(68歳)、血尿などの自覚症状からわかったのは、膀胱がん、尿管がん、右腎盂がんの3つのがんを発症したというショックな事実――誰にも打ち明けられず、一人で不安と向き合っていた日々を語っていただきました。

77歳男性

ペイシェントジャーニー

ペイシェントジャーニー

【がん発覚】がんを知ることが怖かった

がんが見つかったときのことを教えてください。

Cさん:一度血尿が出たのですが、1週間ぐらいで止まったのでそのまま放置していました。ところがしばらくたって再び血尿が出るようになったので、病院を受診しました。私は事務職なのでパソコンが得意です。がんや血尿についてあらかじめ調べることはできたのですが、知りたいと思いませんでした。むしろ知るのが怖くて調べることができませんでした。勤務先でがんについての研修が行われていましたが、まさか自分ががんになるとは思っていなかったので、参加したこともありませんでした。ですから何の知識もない状態で、妻といっしょに病院に結果を聞きに行きました。

【治療法決定】頭が真っ白なまま手術が決定

検査結果は、膀胱がん、右腎盂がん、尿管がん。さぞ驚かれたと思います。

Cさん:本当に泣きたい気持ちになりました。でも、妻も真っ青になり倒れそうになっていましたし、妻がいる手前泣くことはできませんでした。家族の前で弱いところを見せたくなかったのです。

治療法はどのように決まったのでしょうか。

Cさん:先生からその場でいくつかの治療法を提案されました。私としては衝撃的な結果を聞いたばかりで、どうしたらいいのか見当もつかなくて…がんについても資料をいただき、いろいろ説明されたのですが、ショックで頭の中が真っ白になってしまい、何を質問すればよいのかも考えられませんでした。先生からは「手術をした方が良いのではないか」と勧められました。右腎臓と尿管を全摘出し、膀胱を部分切除するという手術です。それが最適な方法なのか、自分では決められなかったので、そのまま「お願いします」と受け入れました。もし、その場で決めることを求められず、「1週間後にもう一度あなたの考えを聞かせてください」と言われていたら、自分なりにもう少し調べた上で考えることができたかもしれません。

がんを告知されてショックを受けている夫婦のイラスト

【手術前】眠れない日々

手術を受けられるまでの間はどのように過ごしておられましたか。

Cさん:手術日が決まったことは良かったのですが、1ヶ月先まで待たなければなりませんでした。その間は私にとって精神的に非常に厳しく、悪いことばかり考えていました。もともと不眠があったのですが、この1ヶ月間は眠れない日が続きました。自分の気持ちを抑えられず、夜になると布団の中で毎日のように泣いていました。妻とはそういった話を直接していませんが、妻もかなり痩せたので、おそらくとてもつらい気持ちだったのだろうと思います。神社でお祓いもお願いしました。今までは神社に行ってもただ形式的に手を合わせて軽くお参りするだけだったのですが、この時ばかりは祈祷してくださる神主さんが神様に見えました。

つらい気持ちを話せる相手はいらっしゃらなかったのですね。

Cさん:誰もいませんでした。診断直後はショックだったので、主治医の先生と落ち着いて話をできるような状況ではありませんでした。兄弟には手術の当日、連絡しました。しかし、「これから手術するけれど…」と伝えるのが精いっぱいでした。

【手術後】退院後、ウォーキングを再開

手術後の経過はいかがでしたか。

Cさん:当初の予定どおり14日間で退院しました。退院当日も腹痛が続き、体調はとても悪かったです。自分で入院費を清算に行く足取りも重く、帰宅するのも一苦労でした。それから3ヶ月ほど、腹痛など体調の悪さが続き、その都度病院で症状を抑える薬などをもらっていました。ほかの患者さんも同じようなことを経験しているのか、どのように対処しているのか知りたかったのですが、そのような知人はいませんでした。もし身近にがんを経験した人がいれば、その人に電話でもかけて「どうしたらいいだろうね」と相談したかったです。退院して、体調がだんだん良くなってくるとウォーキングを再開しました。このころになって初めて、自分のかかったがんについて調べ始めました。この病気にどうしてなるのか、手術後は完全に治るのかを知りたいと思ったのです。そして、少しずつ自分のがんのことがわかってきました。ただ、この先はどうなるのか、このまま果たして良くなっていくのか、という不安は依然として続きました。

仕事への復帰はどうされたのですか。

Cさん:職場に戻って早々に面談があり、今後の勤務についてどうするかと尋ねられました。私はつい、「そろそろ退職したい」と言ってしまいました。今から考えればもう少し勤めていたいという思いもあったのですが、気が弱くなっていたこともあって、心にもないことを言ってしまったと少し後悔しています。

【現在】自分のがん体験を無駄にしたくない

退院後、気持ちがどんどん上向きになっていったのは何がきっかけだったのですか。

Cさん:体調が良くなりウォーキングのほか、趣味も再開して、精神的な安らぎが得られるようになったことがきっかけです。手術をした次の年には、新たに「がんの語り手」の活動も始めました。自分のがん体験を無駄にしたくないという思いがあったのですが、たまたま新聞で「がんの語り手」の募集記事を見つけて「自分が探していたのはこれだ!」と思ったのです。皆さんが自分のがん体験を赤裸々に、明るく語っている姿にすっかり感動してしまいました。がんになっても自分の病気を自分で分析すること、そしてそれを人に話せるということは素晴らしいと思いました。今も毎年、講演活動を行なっています。ただ、その2年後に妻ががんで亡くなり、精神的に非常に落ち込みました。妻も体調が悪かったのですが、なかなか病院に行こうとせず、受診したときには全身にがんが拡がっておりもう手遅れでした。残された家族は私と娘の2人。自分がしっかりしなければと思いました。そして気持ちを新たにまたいろいろなことに挑戦して行こうと考えました。

「がんの語り手」の活動

現在も定期的ながん検診を受けていますか。

Cさん:現在は体調も問題なく、がんの不安や術後の困りごとは特にありません。でも再発のリスクがないわけではないので、検診は毎年必ず受けています。ここ数年はPET検査も加えてもらうようになりました。全身を広く診てもらえるので、精神的な安心感にもつながっています。

がん患者さんに向けてのメッセージをお願いします。

Cさん:家族や主治医の先生、医療スタッフなどいろいろな方とよく話をし、不安を一人で抱え込まずに心の中を全て打ち明けて相談をしながら治療を受けてほしいです。私は他の患者さんの話を聞きたかったと言いましたが、退院後に地域の人や知人にがんで手術したことを話すと、「実は私も」「うちの家族も」という人が結構いました。日本人の2人に1人ががんになる時代なので、皆さんの周囲にも思った以上に経験している人は多いはずです。がんを隠すのではなく、もっと気軽に話ができる社会になればよいと思います。

国立がん研究センターがん情報サービス https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html

どうもありがとうございました。

【監修医・上村博司先生からのコメント】

監修医・上村博司先生

上村 博司 先生
横浜市立大学附属市民総合医療センター 泌尿器・腎移植科 診療教授

このように自分の状態をうまく受け入れることができず、冷静さを欠いて、医師の提案をそのまま受け入れてしまう患者さんをよく見かけます。がんを診断されたときは誰でもショックを受け、その場ですぐに治療法を決定することは難しいものです。不安や辛い気持ちを一人で抱え込まないようにしましょう。そして、まずは自分の体の状態を受け入れ、治療法に選択肢があることを聞きましょう。選択肢が示されたときにはできればご家族などどなたかに同席してもらい、医師の話を客観的に聞いてもらうことをお勧めします。そして、自宅に持ち帰ってよく吟味し、2~3回目の受診までに、心を落ち着かせて自分で考え、決めていくことが大切です。この間に病院のがん相談支援センターや医療相談室、看護外来などに相談してみることも良い方法です。看護師や医療ソーシャルワーカーがあなたの社会背景や家族構成なども含めて話を聞き、考えを整理する手助けをしてくれるでしょう。また治療後、病院に患者会などがあれば、積極的に参加して情報の収集や現状の思いなどを話されると、良いかと思います。

(2023年10月作成)