「やっぱり、聞きたくはなかった」
80年代半ばまで、がんと本人に告知することはタブーでした。
しかし、本人に病名を隠したまま治療を続けることは難しく、むしろ家族や医療者への不信感が募るなど告知をしないことの弊害が明らかになり、今は原則としてご本人に病名を告げる医療施設が増えています。
また、がんを患った芸能人や著名人がSNSで治療や療養生活の様子を発信するようになったことで、がんは誰もが発症する可能性のある病気だという意識が広まってきました。
それでも病名を告げられたときは「覚悟はしていたが、やっぱり聞きたくはなかった」「医者が何を言っているのか、全く頭に入ってこなかった」というように、心が大きく動揺します。
2、3週間はかかるかもしれませんが、嵐のような激しい感情の乱れは少しずつ落ち着いていくことが多く、また、病気のことや治療の内容を知ることで「未知への不安や恐怖」が薄れ、今現在の具体的な選択や行動へと悩みの質がゆっくり変化していくこともあります。
「一人ぼっちになってしまった感じがする」
病名を告げられてからしばらくの間、多くの患者さんは世の中から自分一人が切り離されたように感じたと言います。「暗闇の中を一人で歩いている」「荒れた野原に置き去りにされた」と表現する方もいます。
しかし、病気になったからといって家族や友人、周りの人々との関係が失われるわけではありません。不安に押しつぶされそうなときは、自分の気持ちを聞いてもらうことが大切です。辛い、怖いという気持ちを内側に抱え込むのではなく、口に出して聞いてもらうだけで心が楽になることがあります。
家族や親しい友人だからこそ、心配をかけたくないと思うかもしれません。そんなときは病院の中の「相談できる人」に打ち明けてください。看護師や「医療相談室」のソーシャルワーカーや相談員に話した内容は、あなたの同意なくほかの人に伝わることはありません。
「家族や友人もわかってくれない」
不安の嵐の中にいるときは、周囲の気遣いがかえって煩わしく感じることもあるかもしれません。これまでなら気にならなかった相手の言葉や態度に深く傷つき「自分の気持ちを誰もわかってくれない」「責められているような気がする」と心を閉ざしてしまうこともあるでしょう。
そんなときは難しいかもしれませんが、周囲の人もあなたに何と言ってよいのか、わからないのだと想像してみてください。過剰な気遣いやアドバイスの後ろには周りの人たち自身が「がん」という病名から感じた不安と動揺が隠れています。
もし、あなたが家族や友人の立場であれば「自分は相手の気持ちや苦しさを理解することはできない」という現実を認めたうえで、メッセージを受け取ることに徹してください。「慰めなくては」「正しいことを言わなければ」と思う必要はありません。大切な人の言葉に耳を傾け、共感するだけでも十分に気持ちは通じます。
そしてあなた自身が「感じたこと」を素直に口に出してください。言葉に詰まったり、しどろもどろになってもよいのです。一緒に泣いてもかまいません。気持ちを伝え合い大切なつながりに気づくことで、お互いに「がん」という言葉に左右されないいつものコミュニケーションを取り戻せると思います。
- 監修:
- 埼玉医科大学国際医療センター 包括的がんセンター 精神腫瘍科
教授 大西 秀樹 先生