目標を持つことで大きな手術を乗り越えた患者さん
~70歳男性の場合~

Bさん:70歳 男性 膀胱がん
妻と2人暮らし。会社を定年退職後、現在は地域の自治体活動やボランティア、趣味のテニスを楽しんでいる。

会社を退職間近の2017年(64歳)、血尿などの自覚症状から膀胱がんが見つかったBさん。内視鏡手術だけで済むと思われていましたが、リンパ節に転移していることがわかり、膀胱全摘手術を勧められます。1ヶ月半に及ぶ入院と、ストーマ(手術によっておなかに新しく作られた人工膀胱)を装着することへの不安をどのように乗り越えたのか、お話を伺いました。

70歳男性

ペイシェントジャーニー

ペイシェントジャーニー

【がん発覚】軽度だから大丈夫だと考えていた

がんが見つかったときのことを教えてください。

Bさん:私は趣味でテニスをしているのですが、ある日テニスの後、尿に血が混じっていることに気づきました。もともと腎結石があると指摘を受けており、運動後でもあったので、その影響だろうと思いこんでしまいました。その後も1ヶ月に1~2回くらいの頻度で血尿が出ていましたが、まさかがんだとは思っていませんでした。そして半年ほど経つと、トイレに行くたびに血尿が出るようになり、頻尿、残尿感などの症状が続くようになったので、泌尿器科専門のクリニックに行きました。そこで検査を受けて1ヶ月ほどで膀胱がんという診断を受けました。

腎結石だと思っていたのに、想定外の結果だったと思います。診断を聞いて、どんなお気持ちでしたか。

Bさん:「なぜ自分が」とは思いましたね。でも、それほど落ち込むことはありませんでした。私のがんは初期の段階で、膀胱の内側にあって膀胱壁の中には入りこんでいない、一番軽いものであり、治療も、内視鏡手術だけでとれると先生から説明を受けたのです。この時点では「大丈夫なのだろう」と思ったのです。

【治療法決定】想定外の「膀胱全摘」を提案される

Bさんは、尿道から膀胱内に内視鏡を挿入し、がんを電気メスで切除するTURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除術)を受けられました。

Bさん:はい、10日間程度の入院でした。内視鏡手術自体はうまくいって、私自身も治療が終わったという安心感で「もう大丈夫だ」と気持ちがぐっと上がりました。ところが、退院してから最初の外来で、先生から「膀胱内だけでなく、リンパ節にもがん細胞が見つかった」と言われたのです。つまり、リンパ節転移です。リンパ節にがん細胞があると、遠くの臓器にもがんが転移する可能性があるということで、先生からいくつかの治療方法を提案されました。そのうちの一つが、膀胱を全摘出して、尿路を体外につなぐため人工的に腹壁に排泄口(尿路ストーマ)をつくるというものでした。

※TURBT:国立がん研究センターがん情報サービス https://ganjoho.jp/public/cancer/bladder/treatment.html
オノオンコロジー 膀胱がんの外科治療について教えてください https://p.ono-oncology.jp/cancers/uc/06/01_treatment/01.html

その提案をどのように考えられたのですか。

Bさん:入院するのが憂うつで、最初はなるべく手術や入院はしたくない、何とか楽な方法で治療できないかと考えました。前立腺がんは放射線療法やホルモン療法がよく行われています。膀胱がんも泌尿器のがんだからそういう治療が効くのではないか、などと考えていました。主治医の先生には治療法が決まるまでに数度にわたって外来で話し合いの時間をもっていただきました。その間に私は他のがん専門病院のホームページを見て勉強したり、新しい薬がないかと探したりして、先生に質問しました。最終的に、先生から「全摘手術は古典的な方法だけれど、一番再発リスクが低い」と言われ、全摘手術に決めました。最初は全摘手術を行ったらストーマをつけなければいけないとか、後遺症も起こりうるということは知らなかったのですが、だんだん話を聞いていくうちに理解しました。

【手術前】手術後の生活の変化(ストーマ)が心配

2度目の入院まではどのように過ごしていましたか。

Bさん:1ヶ月の入院が必要とのことでしたので、まず勤務先に説明し、担当していた取引先にも挨拶に行き了解を得ました。そういった準備をしながら、ストーマについていろいろ調べました。先生の使う専門用語を知らないと話についていけなくなり、理解するのに時間がかかります。「ストーマは小腸の一部を切り取って尿路につなぐ」という説明を受けましたが、実際にどうなっているのか、どう装着するのか、貼り替えはいつすればよいのかなど、具体的なことが全くイメージできませんでした。入院前に自分自身でもある程度理解しておきたい、先生と対等に話ができるようになっておきたいと思い、図書館や書店で「ストーマ」と書かれているページを開いては見ていました。

図書館で調べているイラスト

手術に向かうお気持ちは?

Bさん:1ヶ月も入院しなくてはならないことが憂うつでした。でも、先生から「膀胱を取ってしまえばもう大丈夫ですよ」と言われたこともあり、前向きな気持ちで受けようと思いました。一方で手術待ちの間に頻尿の症状が激しくなり、尿意を感じたらすぐにトイレに走らなければ間に合わない状態でした。仕事中、取引先への訪問は車を使うことが多く、行きたいと思ったときにすぐに行けるとは限りません。下着に尿漏れパッドを貼らなければならないことが大きなストレスでした。主治医の先生にも「何とかなりませんか」と訴えましたが、「つらいですがもうすぐ手術なので我慢しましょう」とのことでした。膀胱を早く取ってほしいと、手術日まで待ち望んでいました。

【手術後】「テニスをしたい」目標をもって気持ちを上げる

手術後の体調はいかがでしたか。

Bさん:手術そのものはうまくいったのですが、術後に腸閉塞が起こってしまいました。3週間ほど点滴による静脈栄養だけで過ごし、口からは何も食べられませんでした。1ヶ月で退院できると思っていたのに、腸閉塞が治らないと退院できませんでした。それと並行して尿路ストーマがなかなかうまく装着できませんでした。面板を貼り、皮膚にきちんとくっつくように密着させるのですが、どれもなかなかくっつかないのです。病院の泌尿器科にあったサンプルをすべて使ってみたのですが、すぐにはがれてしまったり、尿が漏れてしまったり。看護師さんたちからも「こんな人は初めて」と言われました。腸閉塞が快復して食事がとれるようになっても「ストーマが上手く装着できないと退院できない」と言われたときの絶望感はかなり大きなものでした。退院の見通しが立たないことが精神的につらく、抑うつ状態になっていました。物事も考えられなかったし、入院中に読もうと持っていった本も読む気になりませんでした。

落ち込んでいた気持ちが上向きになっていったのは、何がきっかけだったのですか。

Bさん:食事がとれるようになってから、気持ちが少し楽になってきました。口から食事をとって、お腹に食べ物が入ってくると、リハビリで院内を歩行していても動きが良くなった感覚がありました。もともと体を動かすのは好きですから、そうなるとテニスがしたくなるわけです。「退院して、テニスをしたい」、それだけを考えました。そして、担当の先生方にも「〇月〇日には退院します。だからそれまでにストーマを何とかしてください」と宣言したのです。先生方を焦らせてしまったと思いますが、それでも宣言通り入院45日目に退院することができました。

【現在】テニスを再開。ストーマでの生活にも慣れる

全摘手術後はどのように過ごしていらっしゃいますか?

Bさん:体調はまったく問題なく、ボランティアや自治会活動で地域の人たちと交流しています。テニスも退院後4ヶ月頃から再開し、以前と同じように楽しんでいます。

ストーマでの生活はいかがですか?

Bさん:退院直後から1~2年は皮膚が炎症を起こすなどのトラブルがありましたが、だんだん改善して現在はなじんでいます。退院直後は仕事中にストーマが外れてしまったり、漏れたりするとニオイが出て人に迷惑をかけてしまうのでは、と心配でした。しかしその後、5年ほどの間にストーマの器具がかなり進化しているようで、現在は接着率も良いし、漏れも少なくなっています。ストーマ外来への通院も、最初は月1回でしたが、現在は2~3ヶ月に1度に減りました。夜、就寝時に蓄尿用の袋を装着してから眠らなければいけないことや、旅行時はベッドのある宿でないと難しいといったわずらわしさはあるものの、今はすっかりストーマ生活にも慣れ、全摘手術を選んで良かったと思っています。

テニスを楽しむBさん

最後にがん患者さんへのメッセージをお願いします。

Bさん:医師と患者が信頼関係を築く上では患者も自分の考えや気持ちをさらけだす必要があると思います。私の主治医の先生はじっくりと時間をかけて私の話を聞いてくれました。「この先生は自分のことをわかってくれている」と思えたからこそ信頼して、治療方法や入院中の不安を伝えることができました。医師から全摘手術を勧められて、「臓器を取るなんて」とためらう方がおられるかもしれません。私は全摘手術を選択したことで悪いものはすべて取ってしまうことができ、本当によかったと思っています。ストーマをつけても普通に生活ができ、何も困ることはありません。全摘手術もストーマも過剰に大変だと思わず、堂々と生きていけばよいと思います。

どうもありがとうございました。

【監修医・上村博司先生からのコメント】

監修医・上村博司先生

上村 博司 先生
横浜市立大学附属市民総合医療センター 泌尿器・腎移植科 診療教授

Bさんは、全摘手術を受けられてからなかなか退院が出来ずに辛い入院生活を送られていましたが、「退院してテニスをする」という目標を立てられ、乗り越えられました。目標を具体的に持つことは、治療のモチベーションにも繋がり、大切なことです。また、目標を医師・医療者に伝えることは、治療のゴールを共有することになり、とても重要です。ぜひ目標を立てて共有していただければと思います。
全摘手術などの大きな手術では、Bさんのストーマのような、手術後の生活に変化を伴うことがあります。経験のないことで不安や心配があると思います。ご自身で調べることも大切ですが、インターネットなどには様々な情報があふれていますので、多くの情報で迷うことが時にあります。わからないことや不安に思うことがあれば、遠慮なく医師・医療者にお聞きください。慣れてしまえば以前と変わらない生活を送ることが出来ますので、安心して治療を受けていただきたいと思います。

(2023年10月作成)