- HHさん:69歳 男性 胃がんの大動脈周囲リンパ節転移
- 妻と二人年金暮らし。
3年前に胃がんが見つかりました。可能な限り胃を残す「胃亜全摘術」と術後補助化学療法(経口抗がん剤)を1年間受けました。後遺症も軽く安心していたのですが、定期検診で大動脈周囲リンパ節転移が見つかりました。
「眠れない、食べられない、だるくて起き上がれない…」
「がんになる前は健康だったこともあり、“がんに負けるか、絶対治すぞ”という意気込みで治療を頑張ってきました。それが再発ですからね、なんだかすべてが無駄で裏切られたように思えて、怒りがこみ上げてきました」(HHさん)。今後の治療として、主治医から術後補助化学療法で服用していた抗がん剤にプラスして、ほかの抗がん剤の服用を提案されました。しかし、HHさんは「結局はこの治療も無駄になるのかもしれないという不安と医療に対する不信感、これまで思いもしなかった“負”の感情が湧き出てきました」と言います。
振り返れば、再発がわかってからは眠れない、食べられない、だるくて起き上がれないなどの不調が現れたそうですが、それらが異常なことだと気づくこともできない精神状態だったそうです。幸い、HHさんの憔悴(しょうすい)した様子に気がついた看護師からのアドバイスで、HHさんは緩和ケアチームのメンバーである精神科医と話をすることになりました。
遠慮なく周りの医療者に相談しましょう
がん患者さんが経験する代表的な精神症状である「うつ病」はがん種や病期によって異なりますが、がん患者さんの3〜12%に認められるといわれています1)。
次のうち①と②を含む5項目以上が同時に2週間以上続くものを「うつ病」といい、うつ病の診断基準を満たさないまでも、日常に支障が出るほどの不安や抑うつ状態、あるいは行動面の問題(けんかなど)が起こる場合は「適応障害」が疑われます2)。
いずれも専門的ケアが必要なので、遠慮なく周りの医療者に相談しましょう。
- ①抑うつ状態(気分が落ち込んだ状態)
- ②物事への興味や関心、喜びが薄れる
- ③体重の著しい減少、または増加
- ④睡眠障害(不眠や過眠、入眠困難など)
- ⑤疲れやすい、気力の減退
- ⑥集中力や思考力の低下、決断ができない
- ⑦罪責感や自分に価値がないという思い込み
- ⑧希死念慮(死にたいと思うこと)の繰り返し
- ⑨体がうまく動かせない、じっとしていられない
心の専門的ケアには、カウンセリング、精神療法、薬物療法があります
精神症状は、精神腫瘍医、精神科医、心療内科医といった医師が診断(判断)し、カウンセリングや精神療法、薬物療法(抗うつ薬や抗不安薬、睡眠薬など)で治療していきます。精神療法の一つである問題解決技法では、患者さんが抱える問題を小さな課題に切り分け、「解決できそうなもの」から解決策と実行方法を考えていきます3)。
問題を客観的に捉えなおすことにより、押しつぶされそうな重苦しさから解放される効果が期待できます。薬物療法である抗うつ薬などの服用には抵抗があるかもしれませんが、専門医の指導に従って正しく服用すれば、一時的に薬の力を借りることは心の早期回復を促す助けになります。
HHさんは精神科医にうつ病と診断されました。カウンセリングと薬物療法を受けているうちに、抑うつ症状の裏に主治医に対する強い不信感があることに気づいたそうです。そこで思い切ってセカンドオピニオンを受けたいと主治医に伝えたところ「もちろん、よいですよ」と快諾されました。今では主治医が提案した治療にも納得がいき、治療に前向きに取り組んでいるそうです。
- 監修:
- 大阪国際がんセンター 心療・緩和科(精神腫瘍科)
部長 和田 信 先生