- AAさん:30歳 男性 舌がん・ステージⅠ、Ⅳ
- 独身。会社員で大学時代から一人暮らし。
虫歯治療中に歯科医から舌に白い斑点があると言われ、頭頸部外科を受診。舌がんと診断されて部分切除手術を受けましたが、半年前に首にしこりが見つかりリンパ節転移が発覚しました。
「再建した舌がうまく動かない」
AAさんの2回目の手術は舌の半側切除、頸部リンパ節郭清(郭清とは、手術でがん細胞などを取り除くことです)、そして舌の再建術と10時間以上に及ぶ大手術でした。その傷がようやく治癒すると、次に待っていたのは食べ物を食べたり飲み込んだりするための嚥下(えんげ)訓練と発声・発音の訓練でした。当初、再建した舌はピクリとも動きませんでした。「ドロドロした液体を飲み込もうとしてもダメ。口の奥に送り込めないんですよ。自分はもう食べることも、しゃべることもできないのかと落ち込みました」(AAさん)。
それでも、努力の甲斐(かい)あって徐々に最低限の機能を取り戻したAAさんですが、本当に大変なのは家に帰ってからでした。
「みるみる痩せて、友人に助けられた」
退院後、AAさんは両親の心配顔が煩わしいと思い、実家に帰らず一人で療養することに決めました。しかし、一人暮らしの療養生活は想像以上に大変でした。「第一に食べられるものが少ない。レトルトのおかゆや高カロリーゼリーでしのいでいましたが味にも飽きて、母がいれば色々と工夫して作ってくれたかもしれませんが、だんだん食べることにも嫌気がさしてみるみる痩せていきました」(AAさん)。また、呂律(ろれつ)がまわらず、誰かと話すにも何度も聞き返されることが苦痛になり、AAさんは次第に病院以外の外出を避けるようになったそうです。
そんなAAさんを救ったのは、様子を見に来てくれた大学時代からの友人でした。舌がんの親戚がいたという友人は、AAさんを見るなりホームセンターで食べ物をすりつぶすブレンダーや、煮込み用の圧力釜を買って持ってきてくれました。彼は帰り際に「ここに行ってみたら」と、患者会のことも教えてくれました。
ピア・サポート(仲間同士の支え合い)に参加しましょう
AAさんのように助けを求めるのが苦手な方もおられますし、さまざまな事情から家族を頼れないという方もおられます。近年は一人暮らしを好む傾向にあり、公的な医療・介護サービスをうまく利用しながら、お一人で仕事を続けながら療養する方が増えてくるでしょう。
その場合でも、生活面だけでなく精神面でも助けは重要です。がん体験者には辛い気持ちに共感し、直面している困難を整理してくれる仲間が不可欠になってきます。まして舌がんを含む頭頸部がんは「うまく会話ができない」「うまく飲み込めない、食べられない」「表情がうまくつくれない」といった特有の悩みに圧倒され、うつ状態になる方も珍しくありません。
こうした困難な状況を変えるには、やはり同じがんになった方の体験談が一番ではないでしょうか。自分と同じ体験を共有できるとわかるだけでも「たった一人で苦しんでいる」という孤独感から抜け出すことができると思います。
もちろん、同じがん体験者だとしても100%理解し、共感することはできないかもしれません。しかし、対等な関係で話ができる存在は心に安寧をもたらしてくれると思います。また傷病手当や身体障害者手帳などの保障制度に関する情報など、具体的に役立つ情報も聞けます。ピア・サポート(患者会やがん患者サロンなど)は主治医や看護師さんなどに聞いたり、ネットなどで探したりすることができますので、ぜひ参加してください。
- 監修:
- 国立がん研究センター東病院 精神腫瘍科
科長 小川 朝生 先生