がん患者さんのお金や仕事の困り事を、専門家が共に考える
働く世代の方ががんにかかると、治療費が増えたり、就労時間の減少で収入が減ったりして、家計について悩むことがあります。そんな経済的な困り事を、社会保険労務士やファイナンシャルプランナーら専門家が一緒に考えてサポートする団体が、特定非営利活動法人(NPO法人)がんと暮らしを考える会です。理事長で看護師でもある賢見卓也さんに、会の特色や活動内容をお聞きしました。
NPO法人がんと暮らしを考える会 理事長 賢見卓也さん
※ご所属・肩書は取材当時(2020年3月)のものです。
- 聞き手:
- 福島恵美(がんサバイバーのライター)
専門家が知恵を出し合い、患者さんを支える
NPO法人がんと暮らしを考える会が、発足した経緯を教えてください。
看護師をしている私は、2006年から2年間大学院に通い、がん患者さんが契約している生命保険の有効活用など、経済的な問題を研究しました。その後、在宅緩和ケアの現場に携わる中で、お金のことで困っているがん患者さんがおられることを知り、がん患者さんの経済的な悩みを解決したいと思って2013年にNPO法人がんと暮らしを考える会を設立しました。
会の運営には、どのような職種の方が携わっておられるのでしょうか。
看護師、社会保険労務士(以下社労士)、ファイナンシャルプランナー(以下FP)、税理士、弁護士といった専門家で運営しています。がんになることで生じる、社会的な苦痛(特に経済的な苦痛)を専門家が一緒に考えて整理し、患者さんとそのご家族が安心して暮らすための支援体制の構築を目指しています。
がん患者さんの相談先として、医療施設のがん相談支援センターやハローワークがありますが、それらとはどのようなところが異なりますか。
大きな違いは、がん患者さんのお金にまつわる相談ができることだと思っています。ハローワークでは就職を斡旋しますが、当会では社労士やFPら専門家が知恵を出し合い、職場でのトラブルの解決策を考え、患者さんが利用可能な各種制度の確認、家計と将来設計の見直しなどを行います。特に世帯全体の収支を捉えて提案できるのは、FPがいるからこそです。利用できる制度がない患者さんでも、家計の中で支出を減らす項目を整理すると、生活に見通しが立つことは結構あります。
がんになると治療費が必要ですし、治療に時間を費やすと働く時間が減り、収入が減少することになりがちです。病気を経験して、お金の問題に気付く人は多いのですか。
そうですね。私たちから見ると、日本人は医療、制度、お金・資産の3つの分野について、リテラシー(知識・情報などを活用する能力)が十分ではないと思います。しかし、実際に病気になるまで多くの方がこれらの知識を持っていませんし、突然問題を突き付けられるのですから分からなくて当然です。分からなくても患者さんが問題に気付いた時から支える仕組みが必要で、その支援を私たちがすることに意味があると思っています。
制度や情報を活用しやすくするために
NPO法人がんと暮らしを考える会の具体的な活動をお聞かせください。
メインの活動は東京で2ヵ月に1回、大阪で不定期に開催している「定期会」です。毎回テーマを決め、社労士やFPら専門家、医療従事者、がんサバイバーの方などが参加して問題を話し合います。年に1回は、患者さんの支援者らが集まって学ぶ「がんと暮らしの全国フォーラム」を開いています。また、東京の港区立がん在宅緩和ケア支援センターとの共催で、がん患者さんが利用できる制度を学ぶ講座「がん制度大学」(詳しくは下記【コラム】「がん制度大学」とは 参照)を開催しています。
ウェブサイトに必要な項目を入力すると、がん患者さんが利用できる制度が分かる「がん制度ドック」も開設されていますね。
がん患者さんが利用できる制度の多くは、ご自身で申請する必要があるので、がん患者さんに利用可能な制度のことを知ってもらうために作りました。以前、制度に詳しくない看護師さんたちが、患者さんからの相談を受けて困っていたこともあったため、患者さんと医療従事者が一緒に使えるようにクリックするだけで検索を進められるように工夫したので簡便です。患者さんの個人情報の入力は不要ですし、無料で使えます。
このウェブコンテンツを作るには、かなりの労力が必要だったと思いますが、開発にはどれくらいの期間がかかったのでしょうか。
コンテンツ自体はウェブ制作会社に協力してもらい、半年くらいで作りました。しかし、どのような仕組みで患者さんが簡便に制度を検索できるようにするのかを検討することが難しく、設計・構想には1年程かかりましたね。アクセス数は現在、年間約4万件ぐらいあります。
この他に、「がん制度大学」、「がん制度ドック」や各種制度に関する情報を掲載した無料のメールマガジンを配信しています。制度についての文字情報だけでは取っ付きにくいので、キーワードになる言葉がパッと見て分かるように、マンガを載せているのが特徴です。例えば、患者さんが妊娠のことに悩んでいても、妊娠するための力を意味する「妊孕性(にんようせい)」という言葉を知っていないと調べられないことがあります。困り事のキーワードを知っていれば自分で検索して調べられ、問題解決につながると思っています。
医療施設と連携し、医学系の学会にも参加
兵庫医科大学病院などの医療施設と契約し、連携した取り組みをされていますがどのような内容なのですか。
連携している医療施設は現在11箇所あり、患者さんやそのご家族を対象に「お金と仕事の個別相談会」を行っています。基本的には毎月1回、1件につき50分間の個別相談で、社労士、FPを当会から派遣し無料で実施しています。中には個別相談ではなく、カフェ形式で困っていることを話し合うところもあります。
医学系の学会でも活動されているそうですね。
日本臨床腫瘍学会の患者さん向けのセッションでがん患者さんが利用できる制度の話をしたり、日本緩和医療学会の教育セミナーで講演したりするなど、医学系の学会でも患者さんや医療従事者に向けて積極的な情報提供活動をしています。
「がん治療生活を支える~仕事とお金のお悩み相談会~」について詳細をみる
患者さんが「変えられること」から変えていく
最後に、お金や仕事のことで悩むがん患者さんに、メッセージをお願いします。
がん患者さんにとって、治療に関することは簡単に変えられませんが、利用できる制度を知って申請したり、家計を見直したりすることで「変えられること」があると思います。予後が厳しいと言われている患者さんであっても、お金の問題に目途が付いたり、子どもに残せるものを整理できたりすると、安心して過ごせるようになり笑顔が出てくる方もおられます。また、お金の問題が解決することで家族関係がうまくいき、夜眠れるようになって精神的な苦痛が和らぐケースもあります。
がんと就労については、患者さんに働くことを勧める機運がありますが、60代の人たちの中には「無理してまで働きたくない」という人もいらっしゃいます。けれども、やはり経済的な問題があるために、働き続けなければならないという事情もあったりします。そのような方が制度や家計を見直し、生活設計ができるようになるなら、仕事を辞めることも悪い選択肢ではないと思います。
一方、就労を希望するがん患者さんが、主治医に仕事のことを相談する際には、「いつまでに」「何を目的として」「どう協力してほしいか」を伝えることが大切です。そのためには、ご自身が主治医にしてほしいことをメモに書いておきましょう。そうすることで頭の中が整理できますし、そのメモを主治医に見せることでよりご自身の気持ちが伝わるはずです。
【コラム】「がん制度大学」とは
がん患者さんが利用できる各種制度を、気軽に学べる無料の講座です。港区立がん在宅緩和ケア支援センター(ういケアみなと)で、就労中の方でも参加いただけるように通常19時から定期的に開催しています。FPや社労士が講師となって行うミニレクチャーと、質疑応答をそれぞれ30分程行います。1期5テーマで開催し、1年間に同じ内容で2期実施します。定員は約30人で、誰でも参加可能です(要事前申し込み)。
港区立がん在宅緩和ケア支援センター(ういケアみなと)
私(福島)は、2019年12月に開かれた講座に参加しました。この時の参加者は、がん患者さんやそのご家族など約20人。「がんになってからの家計のやりくり」をテーマに、FPが診断後の収支の把握や固定費の見直しなどを分かりやすく解説され、がんサバイバーである私からしても、たとえ治療費が増えたとしてもやりくりの仕方次第で見通しが明るくなるように感じました。質疑応答の時間では、用紙に匿名で書いた困り事に答えてもらえますので、患者さんにとって対面では話しにくい内容でも質問しやすい環境でした。