- NNさん:60歳 男性 胃がんの再発
- 早期退職して、妻と二人暮らし。遠方に一人娘がいる。
胃がんと診断され、切除と飲み薬による補助化学療法を受けました。しかし、術後11ヵ月を過ぎた頃、腹膜播種(ふくまくはしゅ)が見つかったため、新たに点滴による抗がん剤治療を始めました。
「夫は“治療を頑張る”と言いましたが、私は不安でした」
腹膜播種(ふくまくはしゅ)は胃や腸などの臓器を覆っている薄い膜(腹膜)に、タネをまかれたようにがん細胞が散らばる形の転移を指します。NNさんは手術ができず、抗がん剤による治療を受けました。点滴の抗がん剤を始めたところ、熱が下がらずだるさで寝ている日が多くなり、食欲もなくなり体重が10kg以上落ちたとのことでした。
「そんなある日、主治医から“下がっていた腫瘍マーカーの値が上がってきています。薬を切り替えましょう。まだまだ頑張れますよ“と言われました。副作用は大変ですが、やれる治療があるならやろうと思いました」(NNさん)。しかし、そのとき同席していた奥さまは怖じ気づいてしまいました。「これ以上副作用で苦しみ、やつれていく姿を見たくない」と思ったそうです。
家族で“これから”について話し合いましょう
再発・転移がんは複雑で経過は一人ひとりで異なります。一般化が難しく正解がないからこそ、患者さん本人の治療への意欲や意思が尊重されます。その一方で「第二の患者」ともいわれるご家族の意思をどこまで尊重すべきか、本人の意思と異なる場合はどのようにするべきかについても正解はありません。
欧米など個人の権利が尊重される国では、患者さん本人の最善の利益と意思が優先されます。しかし、日本では善し悪しは別として、家族の意見を重んじる習慣が根付いているため、互いの意思をすり合わせる努力をする必要があります。ところが、言い合いをしたくない、何も言わないでもわかってくれる、重い話はしたくないなどの想いから「本音」や「重大な話」は避けられがちです。
家族での話し合いが難しいときは、主治医などの医療者を交えましょう。当事者だけではなかなか口にできないことも専門の医療者の前なら切り出しやすく、意見を聞くこともできます。
また、人間はその時々で気持ちも意思もゆらぐものです。意志の強いNNさんにも、もしかしたら「もう治療はしたくない」という日が来るかもしれません。逆に奥さまが「もっと頑張ってほしい」と願うこともあるでしょう。オープンに気持ちを打ち明け、お互いの意向を確認し合う機会を幾度も持つことで、より強い確固とした信頼関係が育まれていくと思います。
NNさんの奥さまは、その夜、電話をかけてきた娘さんに心情を吐露しました。すると、娘さんが「お母さんの気持ちはわかるけれど、お父さんは頑張りたいって言っているんでしょう?とにかく次のお薬を試してみようよ。もし、副作用がキツいようなら、そのときに主治医を交えて話し合おうよ」と言ったそうです。「はっとしました。そうよね、主治医もいつでも相談してくださいって、言っていたものね」と気持ちが楽になったとのことでした。
- 監修:
- 大阪国際がんセンター 心療・緩和科(精神腫瘍科)
部長 和田 信 先生