ACP(人生会議)とは、治療と療養生活についてあらかじめ話し合うプロセスのことです
最近、アドバンス・ケア・プランニング(ACP、愛称:人生会議)という言葉がマスコミでも使われるようになりました。ACPとは平たくいうと「患者さんの意思決定能力がなくなったときに備えて、これからの治療と療養生活についてあらかじめ話し合うプロセス」※1のことです。医療者から適切な情報提供と説明を受けたうえで、患者さんとご家族、主治医、医療ケアチームと今後の治療方針や療養場所、そして万が一のときにどこまで延命措置を図るのかなど、踏み込んだ話し合いを十分に重ねて合意形成していく過程そのものを指します。
よく、生前意思(リビング・ウィル:LW)※2や蘇生処置拒否(DNR)※3と混同されますが、これらが終末期に関する「個人の意思決定」にとどまるのに対し、ACPは患者さんを支えるすべての人が、患者さんの意思を基に十分に話し合い合意するので「みんなの意思決定」という点が大きく異なります。
- ※1 「将来、意思決定能力がなくなったときに備えて、あらかじめ自分が大切にしていること、治療や医療に関する意向、代理意思決定者などについて専門職者と話し合うプロセス」と定義されています。
- ※2 自分で意思を決定・表明できない状態になったときに受ける医療について、あらかじめ要望を明記しておく文書のことです。例として「延命措置を施さず、苦痛を取り除く医療に重点を置き、平穏かつ自然な死を望む」といったことを自らの意思として書き残しておきます。
- ※3 患者さんが蘇生処置拒否(DNR)を表明した場合、主治医がその患者さんの診療記録に記載し、医療スタッフ全員に周知します。蘇生処置拒否は、終末期の患者さんにとって体に負担をかける治療を回避するのに役立ちます。
ACPは、生前意思や蘇生処置拒否の失敗を踏まえて生まれました
ACPが注目されてきた背景には、「生前意思」や「蘇生処置拒否」が盛んな米国において、患者さんがこれらの意思決定をした状況と現実がまったく異なり、ご家族や代理人が意思決定を行えないなどの事例が相次いだり、そのときになってご家族や代理人がこれらを拒否したりということがあったからです。例えば、患者さんの意識がもうろうとするなかで突然バトンを渡されたご家族や代理人は、患者さんの意思のとおりだとしても「延命しない」と医師に伝えることは大きな精神的な負担を伴います。背負いきれないと感じることもあると思います。
一方、ACPは「患者さんの意思と最善の利益を、複数の関係者で支える」、「長い時間をかけた対話で、患者さんの意思を確認できない状況も含めて、患者さんと関係者全員で合意形成している」という特長があります。もし、想定外のことが起こったとしても、関係者全員が「この人だったら、こう考えるだろう」という推測も全員の合意の下で成立するわけです。再発・転移がんの経過はときに急変を伴うため、ACPで患者さんの意思を合意しておくことが、ご家族の心の支えになります。
ACPのおかげで、遺族のストレスや不安、うつが少なくなったとの報告があります
本来のACPは、家族の他愛ない会話のなかで紡がれていくのが望ましいものです。「今日の治療は疲れたなぁ」「最近、眠れている?」といったやり取りから「痛くて眠れないなら、お薬を処方してもらう?」というように次の療養プロセスに話が向くことは自然な流れです。
ところが、深刻な話になるほど自然な会話での意思確認/合意は難しくなっていきます。例えば、再発・転移がんの治療に際しては、どうしてもある時点で「抗がん剤治療をどこまでやるか」という課題がでてきます。どこまでも治療をしたい患者さんと、「副作用でやつれていく姿を見るに忍びない」といったご家族がいるとしたら、話の切り出し方がわからず、家族としての一体感は失われていきます。
このようにまったく意向が異なる場合は、客観的に治療の見通しを説明できる医師を交えた話し合いが合意への助けになります。一方、ACPでは最悪の事態も想定するため、心の準備ができていない患者さんには益にならないことがあります。誰がどのように切り出せばよいのか、その時期については主治医や緩和ケアチームなどに相談して決定し、後日、関係者全員が集まってACPを開く流れがよいでしょう。
加えて、ACPは一度方針を決めたら、それで終わりではありません。変化していく状況に応じて、幾度でも繰り返すことが望ましいです。治療が進むにつれて心境に変化があったりするので、様々な場面で対話が必要となります。絵に描いたような美しい対話にはならないかもしれませんが、ACPを実践した患者さんとご家族は満足度が高く、遺族となった後のストレスや不安、うつも少なかったとの報告があります1)。このようにACPは患者さんを中心にご家族を支えるプロセスです。
1)
Karen M Detering et al. BMJ. 2010; 340: c1345. doi: 10.1136/bmj.c1345.
- 監修:
- 大阪国際がんセンター 心療・緩和科(精神腫瘍科)
部長 和田 信 先生