- Tさん:33歳 男性 精巣腫瘍・ステージⅢ
- IT企業勤務。妻と4歳の娘の三人暮らし。
右の睾丸が異常に腫れていることに気づき、慌てて泌尿器科を受診しました。腫瘍マーカーと画像診断の結果、精巣腫瘍(肺転移あり)と診断されました。
難治性で、半年間の入院生活
一般的に精巣腫瘍では、まずはがんがある側の精巣を手術で切除し、切除したがんの組織を調べてから治療方針を決めます1)。Tさんも診断1週間後には手術を受けることになりました。手術までの期間は業務の引き継ぎや入院の準備に費やされ、慌ただしく日々が過ぎたそうです。
Tさんは術後、そのまま入院をして精巣腫瘍の導入化学療法(最初に行う抗がん剤治療のことです)を受けました。当初は3ヵ月間の入院予定でしたが、治療効果が期待したほどではなかったため、抗がん剤の量を増やしてさらに3ヵ月間入院することになりました。
「社会から置いていかれる」という不安
「退院がさらに3ヵ月も先になるとわかったとき、社会から置いていかれるという強烈な不安を感じました。半年後、会社にもう自分の席はないかもしれないと」(Tさん)。
一般に、男性は仕事や会社を通じて社会とつながっていることを実感することが多いようです。そのため、思うように仕事ができなくなると「社会から必要とされていない」「会社に見放された」と孤独感を募らせてしまいがちです。自分なりの目標を描いていたのに、それをあきらめざるを得なくなり焦りや動揺を感じることもあるでしょう。
がんという病気はこれまで作り上げてきた自分を揺るがす力を持っています。1、2年先の未来を見通すことができずに恐怖を感じることもあるかもしれません。そうしたときは不安を無理に押さえつけようとはせずに、心の奥底からあふれ出す思いを書き出してみてください。
新しい役割を見つけるには、時間が必要です
まず、今現在の自分にとって「大切な人、こと、モノ」は何なのか、「自分が望んでいる役割は何なのか、そのために今、何ができるのか」を整理してみましょう。手に余るようであれば、がん相談支援センターの相談員やソーシャルワーカーと話をしながら考えを整理するのも助けになります。
辛いかもしれませんが「今の自分の力では変えられないこと」と「変えられること」を冷静に見つめ、受け入れる勇気を持ってください。人間には必ずそうした力が備わっています。時間はかかるかもしれませんが、この作業を繰り返すことで次第に病気に左右されない「確固とした何か」が見えてくるはずです。
Tさんは家族が何よりも大切だということ、今の自分には体力に限界があることを静かに受け入れ、在宅ワークへの切り替えを会社に願い出ました。
娘さんの保育園への送り迎えは自然とTさんの役割になりました。「お迎えに行くと大声で“パパー!”って飛びついてくるんですよ。残業三昧だったときは“知らないオジサン”扱いだったのにね。将来はわかりませんが、今はこれがベストです」と、Tさんは比較的穏やかに闘病生活を受け入れられるようになりました。
- 監修:
- 国立がん研究センター東病院 精神腫瘍科
科長 小川 朝生 先生